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【TOJUジャーナル 2024 年 10 月号(613号)】

特集 その卵はどこから? アニマルウェルフェアを考える

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【目次】

・巻頭言(1)大学病院紹介 第 11 回 「北里柴三郎博士の精神を受け継ぐ、東北の獣医臨床・研究基盤附属動物病院」

・巻頭言(2)オピニオンリレー第 6 回「私たちの業界はいま、斜陽の中にいるのだろうか」

・特集 その卵はどこから? アニマルウェルフェアを考える


 巻頭言(1) 大学病院紹介 第 11 回 「北里柴三郎博士の精神を受け継ぐ、東北の獣医臨床・研究基盤附属動物病院」

202410_TOJU_kantougen1_001.jpg大学病院紹介 第 11 回    

 

                                

「北里柴三郎博士の精神を受け継ぐ、東北の
獣医臨床・研究基盤附属動物病院」

北里大学獣医学部附属動物病院
病院長 金井一享

北里大学獣医学部附属動物病院は、学祖である北里柴三郎博士の掲げた「開拓」、「報恩」、「叡智と実践」、「不撓不屈」の精神を受け継ぎ、その理念を基盤に活動しています。

北里柴三郎博士は、日本の近代医学の父と称され、その革新的な研究と教育への情熱は、今日の北里大学の教育方針に深く根付いています。博士の精神を受け継ぎ、当病院では、動物の健康と福祉を最優先に考え、最新獣医療の技術と知識を駆使し、質の高い診療を提供することを目指しています。

当病院の教育プログラムは、学生が実践的なスキルを身につけるための多様な機会を提供しています。臨床実習や研究活動を通じて、学生は理論と実践を結びつけ、現場での対応力を養います。また、研修医に対しては、専門医取得を目指すための高度なトレーニングプログラムを提供し、個々のキャリアパスに応じたサポートを行っています。

さらに、当病院は地域社会との連携を重視し、地域の動物医療の向上にも貢献しています。地域の動物病院や関連施設と協力し、動物の健康管理や治療に関する情報を共有することで、地域全体のアニマルウェルフェアの向上を目指しています。我々の使命は、動物医療の発展と次世代の獣医師の育成を通じて、社会に貢献することです。

北里大学獣医学部附属動物病院は、これからも北里柴三郎博士の精神を胸に、教育と動物医療の両面でリーダーシップを発揮したいと考えています。また、動物医療の発展に寄与するための研究活動にも力を入れています。研究活動を通じて、新しい治療法や診断技術の開発に取り組み、動物医療の未来を切り拓いています。私たちの研究は、国内外での学会発表や論文投稿により広く社会に貢献しています。

さらに、当病院は、動物愛護の精神を大切にし、動物の福祉向上に努めています。地域社会との連携を通じて、動物愛護の精神を広め、動物と人が共に幸せに暮らせる社会の実現を目指しています。

 

 

北里大学獣医学部附属動物病院の紹介
Web site:http://www.vmas.kitasato-u.ac.jp/hospital/

北里大学獣医学部附属動物病院は、動物の健康と福祉を最優先に考え、最新の医療技術と知識を駆使して質の高い診療を提供しています。当病院では、小動物診療科と大動物診療科の二つの主要な診療部門を設けており、各分野の専門家(医)が動物たちの健康を守るために日々努力しています。

 

 

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写真1 北里大学獣医学部附属動物病院 小動物臨床センター

 

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写真2 北里大学獣医学部附属動物病院 大動物臨床センター

写真3 診察風景。

 

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写真4 手術風景。

 

 

小動物診療科

一般内科:消化器疾患、呼吸器疾患、循環器疾患、内分泌疾患、泌尿器疾患など。

整形外科:骨折治療、関節手術、脊椎手術などに対応。

軟部外科:腫瘍摘出手術、消化器外科手術、泌尿器外科手術などに対応。

神経科:てんかん、脊髄疾患、神経筋疾患などの診断と治療。

眼科:白内障、緑内障、角膜疾患、網膜疾患などの治療。

循環器科:心不全、心筋症、弁膜症、不整脈などの治療。

消化器科:胃腸炎、肝臓病、膵臓病、腸閉塞などの治療。

放射線科:X線検査、CTスキャン、MRIなどの画像診断と放射線治療。

 

大動物診療科

大動物臨床科:馬や牛などの大動物の診療、外科手術、内科治療、予防医療。

繁殖科:人工授精、受精卵移植、繁殖管理などの繁殖に関する診療と研究。

 

診療時間と各科担当日は以下のURLをご覧ください。

小動物臨床センター:http://www.vmas.kitasato-u.ac.jp/hospital/small_animals

大動物臨床センター:http://www.vmas.kitasato-u.ac.jp/hospital/large_animals

 

問い合わせ

TEL:0176-24-9436

 

所在地

〒034-8628 青森県十和田市東二十三番町35-1

 

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オピニオンリレー 第 6 回

                                

私たちの業界はいま、斜陽の中にいるのだろうか

東京都獣医師会理事
小川篤志

 

私たちの業界はいま、斜陽の中にいるのだろうか

2008年に獣医師となってから、いやそのずっと前から、この業界の未来を考え続けてきました。みなさんは、どう思われますか?

 

「獣医師の明日は、動物の未来」というテーマ設計

私の高校は、学年の半分以上が医学部に進学するという異色の学校でした。私自身も祖父母をはじめ、親戚の多くが医系という分かりやすい一族でした。当然ながら、家族からは医学部進学を期待されて育ちました。その頃からでしょうか。他人とは違う道を選びたいという思いが芽生えはじめました。結果的に私は、獣医学部を選ぶこととなります。

 

母に連れられて当時の飼い犬の診察に行ったときのことです。私にとっては初めての動物病院でした。道すがら、母からは、その病院がとても大きいこと、院長は大学の講師もされていて勤務医もたくさんいる立派な病院であることを聞かされていました。無知な私は、まるで人間の国立医療センターのようなものを想像しました。

 

でも、もちろん、その動物病院は私の想像したものとは違いました。今になってみると、まったくそんなことはありません。しかし、ものさしを持たなかった私にとっては、母から聞く評価と、夢想した規模が結びつかなかったのです。

 

その時に感じた漠然とした違和感は、次第に大きくなっていきました。「この動物病院という業界には、なかなかに大きな非効率があるのではないか」。野望めいたものだったのかもしれません。そして私は、獣医師になること、しかも臨床獣医師ではなく、獣医師のために何かができる獣医師であろうと決めました。

 

晴れて獣医学部に合格した頃に、自分の人生に次のような標語を作りました。「獣医師の明日は、動物の未来」という言葉です。これは、獣医師が楽しく心地よく働くことができれば、その先にいる動物たちが幸せになれる、という意味を込めたものです。これは今も大切にしています。

 

そのためには、臨床現場を知る必要があり、ビジネスを知る必要があり、業界を知る必要がありました。結果的に、卒業後は 5 年間臨床に(文字通り)身を捧げ、ビジネスの世界に転身し、いま東京都獣医師会の理事を拝任することとなりました。

 

そういう経緯があり、これからの獣医師や業界がどうなっていくのか、ということについては、くせのようにずっと考え続けてきました。

 

 

これからの獣医療に欠かせないキーワード

この業界の未来をここで語るのはさすがに気が引けるので、栄枯盛衰を考える上でのキーワードだけに絞りたいと思います。個人的に考えているよもやま話としてご笑覧ください。

1. 競争環境の激化

2. 人材採用と労務環境

3. 教育のアップデート

 

1.競争環境の激化

この 10 年、飼育頭数は減少を続け、動物病院の数は増え続けています。特に東京都は厳しい競争環境にあることは言うまでもありません。この事実をどう捉え、どう対処していくかが重要になりそうです。

※農林水産省 飼育動物診療施設の開設届出状況 2023、一般社団法人日本ペットフード協会 全国犬猫飼育実態調査 2022、総務省統計局データより推計

 

歴史に目を向けてみると、昭和に起きた開業ラッシュから、数十年が経過しました。開業医は高齢になるにつれ引退の 2 文字が頭をよぎります。多くの動物病院で、引退は「廃業」を意味します。しかし、私は動物病院の廃業はもったいないと考えています。全ての動物病院には、その地域における役割と社会的意義があり、重要なインフラだと考えているからです。

 

そんな課題に対する解決策となりそうなのが事業承継です。事業承継は、多くの場合、最初で最後の最大インカムをもたらします。受け継ぎ手となる新院長は、少ないリスクで病院を運営することができます。新規開業ではないため動物病院の数は増えず、競争環境を乱すことはありません。なにより、そこで働く従業員やそこに通う飼い主さまと動物たちを守ることができます。

 

競争環境に対するソリューションはいくつもあると思いますが、事業承継は主役の一つになるのではないかと考えています。

 

だから、私はいま事業承継を支援する事業を行っています。XM&A(てんま)という会社で、「伝馬(てんま)」に由来しています。江戸時代、関所ごとに馬を交代することで、長い距離の運送を担った物流システムです。1 頭の馬では限界があるからです。

 

獣医師だって、一人が永遠に仕事をしつづけられるわけではありません。次の世代に受け継いでいくことで、紡げる未来はあるのだと思います。

 

2.人材採用と労務環境

働き方改革は、エポックメイキングでした。これまで当たり前だった勤務医のあり方が変わり、安心して長く働き続けることができやすくなりました。しかし、一人当たりの労働時間が減ったことで、数が必要となってきたことも事実です。

つまり、動物病院にも採用力が求められる時代の到来です。よくCMで、誰向けなのかよくわからない企業のCMがありますよね。あの多くは、採用が目的だったりします。消費者向けではないBtoB(企業向けにビジネスをする企業)事業なのになぜ、と思われるかもしれませんが、早い話が「新卒採用を狙っている」ことがほとんどです(なので就活シーズンによく流れます)。

とはいえ、採用力をつけるのは簡単ではありません。患者さまを集めるよりも、もっと難しいことであるとさえ感じます。ただ認知されればいいわけでもなく、福利厚生を整えればいいだけでもありません。採用にかかるお金も必要だし制度自体を見直す必要もあります。もちろん、ブランディング(HP、院長や現従業員の人柄)や技術力など、そこには立体的で戦略的な環境設計が必要です。

 

私自身は、こうした業界横断的な課題こそ獣医師会が取り組む価値があるように思います。実際、2024 年 10 月には、学生らに向けた合同就職説明会も開きます。「獣医師会に入るメリットは?」と耳にすることも多くある中で、こういった取り組みは、これからの未来につながるものだと信じています。社会課題とも言える壁を乗り越えたり壊したりするためには組織の力が不可欠だからです。

 

3.教育のアップデート

昭和、平成の時代を経て、獣医師を取り巻く環境は大きく変化してきました。こと、小動物臨床においては、臨床スキルや知見以外にも求められるアビリティが多様化しているように感じています。経営のこと、チームビルディング、コンプライアンス、マーケティング、ホスピタリティなど、組織や事業主として活躍する上では欠かせないものです。

もちろん、いまの教育システムやカリキュラムを批判するものではありません。間違っているとも思っていません。純粋に、こうした教育が学生のうちから受けられるのだとしたら、違う世界線の未来が描けるのかもしれないと期待してしまうのです。

実際、いま私はある大学で講義を持たせていただいています。そこでは、普段学べないけれども社会人になってから必要な事事物物を伝えられるように努力しています。

 

他業種から学ぶことも多いのでは、とも考えています。実際、動物病院、上場企業、スタートアップ、様々な場所で働いてきて実感する場面が多々ありました。その意味では、東京都獣医師会には賛助会員のみなさまがいるのは強みです。そのみなさまに教えていただいたり手助けしたり、ともに協力しあうことで、これからの難しい時代をサバイブする一手になりうるのではないでしょうか。

 

娘のためにも

この業界は斜陽の中にいるか。いえ、決してそうではありません。なぜなら、そうはさせないという強い意思が私たちにはあるからです。

 

実は、この業界の未来を考える上で、個人的な動機もあります。それは、いま 12 歳の娘が獣医師になりたいと言ってくれていることです。彼女がストレートで国家資格を得るとすれば、これから 12 年後のことになります。もしかしたら、その頃にこの記事を娘が見ることもあるかもしれません(苦笑)。

 

未来を担う子供たちのためにも、この業界を繋げていく責任を日々感じています。これからの全ての獣医師の未来に貢献していけるよう、これからも尽力してまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

 

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小川篤志

日本獣医生命科学大学卒。東京都出身の 40 歳。動物病院の事業承継をサポートするXM&A and COMPANYCEO。大学卒業後は、TRVA夜間救急動物医療センター副院長など臨床に従事。その後、上場企業の経営企画部長や投資会社CEO、国外企業CEO、スタートアップ役員などビジネスサイドに身をおく。2024 年より東京都獣医師会理事。

 

webサイト:https://xma.vet/

 

 

 

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 特集 その卵はどこから?  アニマルウェルフェアを考える

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なぜ今、アニマルウェルフェアを考えるのか

スーパーに並ぶ 200 円の卵と 500 円の卵。どちらも 10 個入りである。見た目は同じ卵、なぜ値段が違うのか。前者は、バタリーケージで飼育された鶏の卵で、後者はアニマルウェルフェアを考慮されたケージフリーで飼育された鶏の卵である(鶏の飼育方法については、後述)。

 

アニマルウェルフェアはSDGsのゴール 15 「陸の豊かさを守ろう」の実現に貢献することから、昨今話題に上がることも多い。ここで考慮されているアニマルウェルフェアとは何か。学生のときにでも、獣医師になってからでも聞いたことはある言葉であろう。

 

今号では、獣医師として説明できないとまずい、アニマルウェルフェアとは何かを特集する。

 

 

アニマルウェルフェアとは何か?動物愛護とは何が違う?

アニマルウェルフェア(動物福祉という言葉も、アニマルウェルフェアと同義で使われることがある)という言葉を説明するにあたり、混同しやすい動物愛護と比べながら行うと分かりやすくなるだろう。アニマルウェルフェアと動物愛護の大きな違いは、主体が人か動物か、また、その考え方が主観的か客観的かという点である。

 

アニマルウェルフェアは、主体を動物とし、動物の生活の質(QOL)を客観的な視点(数値基準など)を基に向上させることを目的としている。一方、動物愛護は、主体が人であり、人のそれぞれの主観的な視点から動物をかわいがり守ることが目的である。アニマルウェルフェアは科学的・論理的を中心に物事をとらえ、動物愛護は心情的・感情的を物事をとらえる。

 

◆アニマルウェルフェアと動物愛護

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それぞれがベースになる規則も異なる、アニマルウェルフェアは「 5 つの自由」という国際的な原則がある。この原則は、イギリスにて家畜に対するアニマルウェルフェアの理念として提唱されたものだが、現在では家畜だけでなく、伴侶動物・実験動物、展示動物など、あらゆる人間の飼育下にあるアニマルウェルフェアの指標として国際的に認められている。

 

「 5 つの自由」を実現すること、動物がよりよく生きられ、幸福な状態でいられることを目的としている。

 

動物愛護は、各国で定められた法律(日本では動物愛護管理法)を原則とすることが多い。動物愛護管理法は、動物を愛護することだけでなく、人と動物がともに生きる社会の実現も目的としている。

 

このようにアニマルウェルフェアと動物愛護は混同されやすい言葉であるが、両者の間には大きな違いがある。アニマルウェルフェアを理解、実現していく上でまずは用語の正しい理解が必要であろう。

 

◆アニマルウェルフェアの5つの自由

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アニマルウェルフェアの考え方

日本のアニマルウェルフェア

日本における近代的な法体系に基づく動物愛護管理施策は、明治 41 年の警察犯処罰令における動物虐待の禁止規定がその始まりとされる。その後、軽犯罪法にも動物愛護に関する条項が盛り込まれたが、アニマルウェルフェアという概念が認識されるようになったのは近年になってからである。

 

世界的に見ると、アニマルウェルフェアへの意識が高い欧州を中心に学術的な研究が進み、特に動物の飼育や畜産、実験などの分野で重視されるようになっており、法整備やガイドラインの設定なども進んでいる。

 

いっぽう日本ではアニマルウェルフェアの概念が十分に浸透しているとは言えず、動物愛護に関する法や条例はあるものの、未だアニマルウェルフェアに関する法律は無いのが現状である。農水省はOIE( 2022 年に略称をWOAHに変更)の勧告を受けて「アニマルウェルフェアに関する飼養管理指針」を畜種ごとに策定したが、罰則規定などを伴わない「推奨項目」に留まっており強制力のある法的規制ではない。

 

我々獣医師はこれまで、主に個々の動物の病気の予防・治療を通して人間の管理下にある動物たちの健康を守ってきた。今後は動物の行動や心理に関する知識を更に深め、科学的根拠に基づいたアニマルウェルフェアの向上に貢献して行くことが期待される。

 

◆アニマルウェルフェアについての認知(環境省)

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国内と欧州(あるいは欧米)におけるアニマルウェルフェア

日本はアニマルウェルフェアに対する対応が遅れている、と言われる。前述のとおり法規制の面でも、「愛護と福祉の混同」と言った理解不足という点から見ても、特に欧米から大きく遅れを取っているのは事実である。日本と欧米(特に欧州)とでは、アニマルウェルフェアに対する考え方やその重要性の認識に大きな違いが見られるが、この差異を生む要因として両者の歴史・文化的背景の違いを無視することはできない。

 

欧米では、動物は単なる所有物ではなく、人と同様の感覚や感情および尊厳を持つ存在として捉えられ、アニマルウェルフェアは法規制によって厳しく定められている※。日本でも神道や仏教の影響により「人と動物の命は同等である」という価値観が古くから存在する。家畜や実験動物の供養塔や慰霊碑を建てたりするのはその現れである。しかしこの主体は基本的に人間であり、人間が動物に対して抱く「かわいそう」「守りたい」という"気持ち"が最も重要視される※※。

 

◆上野動物園の動物慰霊碑

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また日本人が重視するのは最終的にその動物の「命が奪われるかどうか」という点であり、「奪われることが前提の命であっても苦痛を感じさせない」ことを重視する欧米の考え方とはやや異なる。このような違いが、日本に於いてアニマルウェルフェアへの理解がなかなか進まない要因の一つであるかもしれない。

 

日本におけるアニマルウェルフェアの実践は、動物のQOL向上だけでなく、社会全体の意識改革や新たな産業の創出につながる可能性を秘めている。欧州における先進的な取り組みを参考にしながら、日本独自の状況に合わせたアニマルウェルフェアの推進が今後更に求められるだろう。

 

※かつてのキリスト教的価値観=「動物は人間の従属物であり人間が利用するために存在している」と言ったものから現在は大きく転換していると考えられる。

※※日本の価値観は大きくは変化していないが、目の前にいる動物に対しては「かわいそう」という情緒を大切にする一方で、その背景や裏側にある犠牲に対してはあまり関心を払わないという近視眼的な傾向を持つ。

 

 

獣医師、動物病院としてのかかわり方

日本にはまだアニマルウェルフェアに関する法律はなく、その実践は個人や団体、企業の意識によるところが大きいが、動物のエキスパートとしての獣医師はアニマルウェルフェアの実践に必要不可欠な存在であると言える。

 

我が国では 70 年前に日本動物愛護協会から独立する形で日本動物福祉協会が発足しており、獣医師が理事として関わっている。また獣医師会をはじめとする動物関係の団体は長きに渡り動物愛護のための普及啓蒙活動を展開しているが、ここにアニマルウェルフェアの視点がプラスされ、徐々に拡大つつある。また、記憶に新しい 2 年前の動物愛護管理法の改正は動物の生活環境の改善に関する項目も含まれていた。

 

このようにアニマルウェルフェアの考えは確実に世の中に浸透しつつあり、獣医師としての意見を求められる機会も増えてくることが予測されるため少なくともその理念は押さえておくべきと思われる。

 

さてそれでは動物病院ではどうか。これまでも当然「適正飼育への指導」はされてきたと思われるが、伴侶動物の分野においてアニマルウェルフェアの実践はデリケートな問題に阻まれることがある。動物病院では飼い主の事情を動物の福祉よりも優先せざるを得ない局面は多い。

 

しかしここで動物主体の視点での意見を言えるのは我々獣医師しかおらず、口のきけない動物の代弁者たりうる立場であることを再認識することは必要であろう。

 

 

◆日本動物病院協会(JAHA)が提唱する

「One Well-being(ワンウェルビーング)

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実例でみるアニマルウェルフェア

畜産におけるアニマルウェルフェアについて農林水産省は、結果として生産性の向上や安全な畜産物の生産にもつながるとし、「アニマルウェルフェアに関する飼養管理指針」を示している。

そのような中で、畜産業や水産業におけるアニマルウェルフェアに先駆けて取り組んでいる日本企業の事例を紹介する。

 

【ニッスイグループ】

生け簀内の密度の管理や、ストレスの少ない短時間での締めと、事前の気絶を行っている。

https://nissui.disclosure.site/ja/themes/144

 

【マルハニチログループ】

生け簀を大容積化し、飼育密度を約 10 %下げることを可能にした。また、AI魚体測定カメラを用いて、魚を生け簀の中に入れたまま測長・魚体重測定が可能なシステムを導入することにより魚へのストレスを軽減。

https://www.maruha-nichiro.co.jp/corporate/sustainability/social_value/suppliers/animalwelfare/

 

【生活協同組合連合会コープ自然派事業連合】

妊娠ストール(妊娠中の母豚を個別に柵で囲って飼育)を廃止し、妊娠した母豚が快適に過ごせるよう広いスペースを確保。

https://www.shizenha.net/weekfeature/20798/

 

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【味の素株式会社】

山梨県の農場で平飼いされた鶏の卵を使用した「平飼いたまごのマヨネーズ」を発売。

https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/presscenter/press/detail/2023_12_08.html

 

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また、「鶏卵の調達に関する考え方」として以下を目指す。

・欧州では使用するすべての卵をケージフリー卵に切り替えることを目指す

・フランスでは、使用するすべての卵を、 2025 年までにケージフリー卵に切り替える目標を設定

・その他の地域では、各地の実情を踏まえて課題を整理

 

他にも明治グループが「アニマルウェルフェアポリシー」を策定、ニッポンハムグループが「アニマルウェルフェアガイドライン」を制定するなどしている。

このように日本国内でも、畜産業や水産業に携わる企業のアニマルウェルフェアへの関心が高まっている。

 

 

 

おわりに

今回特集では、アニマルウェルフェアを取り上げた。アニマルウェルフェアの問題は、動物の話だけではなく、私たち人間の価値観や生き方を問い直すテーマでもあると捉えられる。自分とは違う価値観を持つ人を排他的に扱うことは争いに繋がる可能性があり避けなければならない。白黒付けるのではなく、時にグラデーションの中で正しさを見つけていく時間をかけた対話が必要なのであろう。

 

全ての生き物が調和して幸せに生きる権利を尊重することができる世界を目指し、私たち獣医師ができることを一緒に考えていくことが求められる。

 

 

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