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【TOJUジャーナル 2024 年 1 月号(610 号)】

 特集 「獣医師なら知っておきたい 今日から話せるOne Health」

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【目次】

・巻頭言(1)新年のご挨拶 「龍がごとく勢いのある一年に」

・巻頭言(2)オピニオンリレー 第 3 回 「海獣トレーニングを猫にやることにした話」

・特集 「獣医師なら知っておきたい 今日から話せるOne Health」


 巻頭言(1) 新年のご挨拶

 

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「龍がごとく

 勢いのある一年に」

 

 

  公益社団法人 東京都獣医師会
  会長  上野弘道

 

 

 

 

 

 

 

 

皆様に新年のご挨拶を申し上げます。東京都獣医師会会長として、2 回目の新年のご挨拶になります。

 

そして今年は、東京都獣医師会設立 75 周年にあたります。三四半世紀もの間に社会が変わり、法律が変わり、本会もその都度、名称や体制を変えてきました。長い歴史の中で築き上げてきた組織は、国家資格を持つものとして崩してはならない獣医師の真髄を守る強さと、社会の変化に対応する柔軟さを併せ持っていると感じます。75 周年の節目に、改めて本会の歴史の重みを感じるとともに、歴史を培ってくださってきた先人のご尽力に、心から尊敬と感謝の意を表したいと思っています。

 

この 1 年間、私たち理事一同は日々の忙しさの中でも、会の発展と会員の皆様の期待に応えるために一生懸命取り組んできました。机に向かい、この期間に達成したことを振り返ると、私たちは「新しい東獣」の ビジョンを具現化し、「変化」をもたらすための基盤を築きつつあると確信しています。目に見える成果として出てきていないこともありますが、今年はそれらが少しでも多く花開くよう、これからも会員の皆様とともに、より良い未来に向けて歩んでいきたいと思います。

 

さて、先にも述べたように、この三四半世紀の間にはさまざまな出来事がありましたが、4 年前、新型コロナウイルス感染症による世界的なパンデミックが生じ、何年にも渡って、我々の生活に制限が生じると想像できていたでしょうか? 昨年 5 月に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が 5 類に移行したものの、いまだウィルスは存在しており、どのようにWith Coronaの生活スタイルを築いていくか、そして、次に流行するかもしれない新興感染症にどのように対応するのか、世界は感染症との関わり方に関し、切実な宿題が残されたように感じています。

 

しかし別の見方をすれば、パンデミックの始まりから、どのように感染が拡大し、社会がどのように対応していくか、医療界、獣医療界、政府や研究機関がどのように対抗していくか、という、新興感染症の流行と対策の流れを身をもって経験できたことは、公衆衛生対策分野の専門家である獣医師にとっては、貴重な経験となったようにも感じています。

 

パンデミックのように、思いがけない「変化」は次々に生じていくと思います。変化を前提として、現在の会員と、未来の会員のために、自分自身も、本会も、柔軟に対応していく必要があると感じています。

 

昨年度の変化の一例をご紹介しましょう。当初より会員の皆様との対話を重視していきたいという意向をお示ししてきましたが、対話とワークを中心とした新しい賛助会員ミーティングの開催方法は分かりやすい変化です。賛助会員の皆様からこれから獣医師会に期待することや業界に望むことをワーク形式で自由闊達にご意見をいただきました。そこから絞った 4 つのテー マ((1)「飼育頭数の減少について」 (2)「獣医療の透明性」  (3)「働きやすい獣医療環境」 (4)「社会におけるペットの価値向上」)についてそれぞれ分科会を作りました。 現在さらに知恵を出し合い、まとめているところです。 そこで集約されたアイデアについて少なくとも 1 つは今年中に具体的な形にしていきたいと思っております。

 

また、新福利厚生制度が動き始め、獣医系大学の同窓会への助成制度や出産のお祝いなど、活用していただいています。これまでの福利厚生制度では、病気になったときのお見舞いや、亡くなったときの弔慰金など、ネガティブな出来事に対する関わりだけでしたが、新しい制度を導入したことにより、結婚や出産といったお祝いの場に関わらせていただけること、また人と人とのコミュニケーションを育む機会を応援させていただけることをとても嬉しく感じています。

 

さらにこれからの変化としては、会員制度について見直しの検討を始めています。会員一人一人の興味や得意分野を生かしていただけるように、活動の趣旨に賛同し、そこに参加いただけるような仕組みが作れないかな、と模索しているところです。学校飼育動物、 動物防災、動物福祉、学術、国際交流など、テーマは多々あります。「社会貢献活動に参加したい」という会員のニーズにお応えできるように、皆様からのヒアリングを重ね、検討していきたいと思っています。結果として、社会に感謝される組織になっていくことは、会員と非会員の差別化にもつながっていくのではないかと感じています。

 

あらためて考えてみれば、「獣医師会」は獣医師個人が所属する会です。開業獣医師だけでなく、勤務獣医師や公務員、企業・団体勤務の方など、さまざまな職域にいらっしゃる獣医師が本会に所属され、それぞれが活躍いただけるような組織づくりをし、行政との関係を築いていきたいと願っています。

 

会員数増加のための試みとして、新規での麻薬取扱いが実質的にできなくなっている都内の状況を本会が取りまとめることで解決できないかと模索をしております。相手があることですので簡単には進まない問題ではありますが、尽力してまいります。

 

そして、動物業界だけでなく、社会が一つになって取り組むべき「ワンヘルスアプローチ」についても、積極的に推進していく所存です。本号の特集でも述べさせていただいておりますが、ワンヘルスの考え方は、獣医師の存在意義をより高め、広げ、深めていくと信じているからです。

 

ワンヘルスの視点をもって、俯瞰的に世界を見ていくと、やれることはどんどん広がっていきます。動物との関わりだけでなく、人や社会や地球の健康を考えていくこと、柔軟に考えていくことが、未来を作っていくことだと思います。

 

昨年は癸卯(みずのとう)の年でした。「冬の門が開いて飛び出す」という意味を受け、東京都獣医師会が兎のごとく飛躍できるように、との思いでこの1年、 役員や事務局が一丸となって頑張ってまいりました。

 

そして、令和 6 年は甲辰(きのえたつ)の年。物事が動き始め、勢いよく活気あふれる年であり、龍(たつ)が上昇する勢いをもって成長していく年だと言われています。

 

昨年に続き、努力してきたことが大きな成果となり、皆様とともにこの会を発展させていきたいと願っていますので、引き続きのご理解とご協力をいただきますようお願いいたします。

 

皆様にとってこの一年が、更に良い年となるよう祈念いたしまして、新年のご挨拶とさせていただきます。

 


 巻頭言(2) オピニオンリレー

オピニオンリレー 第 3 回

 

海獣トレーニングを猫にやることにした話

空の木犬猫病院
高橋聡美

 

 

みなさん、海獣はお好きですか?私は大好きです! 好きが高じて、今自分の猫に、海獣がやっているトレーニングをやっています。なんのことやら分からないですよね(笑)。まずは私の海獣愛からお話しします。お付き合いいただけたらうれしいです。

まず、なんと言っても海獣たちは見た目がかわいい。そして、同じ哺乳類であるのに海で暮らしていて、泳力、潜水力、エコーロケーション力のどれをとってもハイスペック。海獣にもたくさん種類がありますが、私の最推しはシャチです。世界中の海にいて、食物連鎖の頂点に立つ圧倒的王者であり、圧倒的ルックス、圧倒的ハイスペックを誇っています。あれほど過酷な海で天敵がいないってすごすぎる!家族愛にも優れ、お母さんシャチの具合が悪いと他のメスが子どもシャチのお世話をしたりします。そんなとっても素敵なシステムを持つ、税金を払わなくても自主的に完成された社会を独自に作っているのです。" 強くて優しい助け合いの精神を持ち、見た目も中身も完璧な生き物"、それが私にとってのシャチです。

現在、私は犬猫専門の開業医をしています。診療をしていると、治療以前に困ることがたくさんあります。そもそも連れて来られない、大暴れして検査ができない、必死で検査したのに家に帰ると投薬できない――などなど。診療医の先生方は首がもげるほど頷いていらっしゃるんじゃないでしょうか。そんなとき、ぼんやり思うのです。「イルカって採血するとき、自分から尾ビレを出してくれるんだよな〜、 いいな〜」、「あれ、犬猫はできないのかな〜」と。

水族館流のトレーニングでできることは多岐にわたります。例えば、イルカだと採血以外にも体重測定、歯磨き、超音波検査、尿検査、胃 カテーテルなどが、無鎮静で動物の協力の下で行うことができます(アシカも、らしい)。しかも、動物種ごとに方法が分かれているわけではなく、同じ原理でできるのだそうです。また、水族館の方によると「サメや魚もトレーニングできますよ」とのこと。調べてみると、動物園の動物たちもやっていることが判明。え、じゃあ、犬猫だってできるんじゃ......?

そんな折、元ドルフィントレーナーで現在ドッグトレーナーをしている方と仲良くなる機会に恵まれました。なんと、犬業界にはすでに進出していたのです!でも猫業界では、トレーニングそのものを無理と思っている方も少なくありません。「じゃあ、私がやってみよう!」 これが、我が家の猫に海獣トレーニングを始めたきっかけです。でも、やるためには指導してくれる方が必要です。

 


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伊豆・三津シーパラダイスの自然飼 育場。
ここでゴロゴロ過ごすアザラ シたちも、
みんな健康管理ができています。

トレーニングの時間を心待ちにする、
ちょい(キジ白:手前)とゆうゆう(茶トラ)。
なんと、お手本動 画は志村さん宅の犬のトビちゃん。

 

そんな私に運命的な出会いが訪れました。静岡県沼津市にある伊豆・ 三津シーパラダイスで海獣トレーナーをされていた志村 博さんです。志村さんは、シャチ(!)、イルカ、アシカ、セイウチ、オットセイ、 アザラシ、トドといった海獣のトレーニングだけでなく、多くの海獣トレーナーを育ててきた方です。プライベートでは元野犬を 2 匹飼われていて、うち 1 匹は社会化期を過ぎてから迎えたビビリさんですが、爪切りやブラッシングなどの日常ケアが問題なくできるそうです。「うちの猫 2 匹に海獣トレーニングをしたいです」と言う私に対して「いいですよ、全面的に協力しましょう!」と二つ返事で受けてくださいました!

我が家の猫は、この時点で 1 歳齢後半。保護猫兄妹で、いわゆる猫 の社会化期を過ぎた推定 2 カ月齢ちょっとでうちに来ました。メスの 「ちょい」は当初威嚇が激しく触れず、今でこそ私と仲良しですが些細なことにいちいち警戒する性格です。志村さんも未経験の猫、しかもいきなり 2 匹、実行するのは私と小 5 の娘。この条件でひるむことなく快諾してくださるとは......。海獣トレーニングの深みを感じます。

犬業界でもすでに罰を用いないトレーニングが存在するのに、あえて私が海獣トレーニングをそのままやることにはいくつか理由があり ます。一つは海獣が好きだから。もう一つの理由としては、今まで悩 んできた問題の答えが隠れている気がするからです。海獣類は野生動物。警戒心の強さは犬猫の比ではないでしょう。であれば、性格や年 齢を理由に諦めていた犬猫のトレーニングに活路が見出せそうです。 また、水族館の海獣は複数飼育のことが多いので、複数飼いの犬猫の健康管理に応用できるかもしれません。どんな手順でトレーニングを 進めていくのか興味津々です。

猫のトレーニングを始めてから、新しい発見ばかりで毎日楽しいです。猫にも海獣にも「無理矢理」は通じません。イルカも猫も嫌なら逃げてしまいます。それをいかに猫たちがやりたくなるトレーニング にするか......。いつかどこかでこの成果をお伝えできたらいいなぁ。

最後に、ちょっと疑い深い私は、こんな質問をしてみたことがあります。「コイツはちょっとうまくトレーニングできなかったな〜って いうコはいましたか?」と。物事にはなんでも例外がありますからね! すると、「うーーーーん、いないですね」ですって。まじかぁ。

ああ、海獣トレーニングの沼にどんどんハマっていきそうです。

 

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猫とシャチのトレーニング方法の基本は同じ。
「行動を始めるヒント」を出し、
「行動」ができたら、「報酬(餌など)」を与える(=強化)。
行動の最中に餌は食べられないので、
ホイッスルなどで正解を知らせ、行動完了後に与える。
罰を用いることはない。

高橋聡美(たかはしさとみ)
麻布大学獣医学部獣医学科卒。
一次診療勤務医、日本小動物がんセンター研修医を経て、
墨田区に空の木犬猫病院を開業。
緩和ケアとハズバンダリートレーニングに
力を入れている。

 

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 特集 「獣医師なら知っておきたい 今日から話せるOne Health」

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人や動物、環境の「相互の連携」と
「総合的な健康促進」が可能になる

 

text●上野弘道(東京都獣医師会 会長)

 

 

獣医師は現在に至るまで、時代の変化に対応しながら社会に価値を生み出し続けていると感じています。それは、先人達の経験や苦労とそれらへの挑戦の結果です。東京都獣医師会は 75 周年を迎えているわけですが、それはまさにそれら努力の積み重ねの歴史であり、過去の成果なくして現在の私たちの状況はありえません。鬼籍に入られた諸先輩方や過去の私たち自身の努力の結果、獣医師の社会的地位は向上し、大きな信頼を得られる職業になっています。

今、私たちは時代の急激な変化の狭間にいます。自動運転や生成AIに代表されるような、テクノロジーの大きな変化があります。仕事のあり方や必要とされる仕事の種類も大きく変わろうとしています。地球環境に目を向ければ温暖化や生物多様性への懸念が、そして日本の社会では世界一の超高齢社会への不安が叫ばれ続けてきています。

未来に向かって変化していくのは怖いものです。ましてや自分たちの生活の基盤が変わろうとしているとしたら、その恐怖は怒りにもつながるものと思います。シェアライドへの規制撤廃議論のある、現在のタクシー業界の状況で想像できるかと思います。時にそのような変化によって、守られるべき供給能力を失うことにも繋がります。白川日銀時代、リーマンショックへの金利政策を他国のように緩和しなかったことで、異常な円高が続き日本の生産拠点は中国をはじめとする海外に逃げ、コロナやウクライナの危機によってそのつけが来たことを広く認知されるようになりました。

しかし、変化の裏には必ず新しいニーズ(需要・欲求)が生まれてくることも事実です。過去を振り返るとIT化や半導体の進歩による生活環境の変化の中でまさにこれまでなかった新しい欲求が満たされ、そのうち、その満たされた欲求が当たり前の生活になり、さらに新しい欲求を満たす製品やサービスの中で私たちが生活してきているのは経験の通りです。変化には良い側面も悪い側面もありますし、立場によってその評価は分かれるのは当然と思います。

しかし、変化そのものを止められない状況があるとしたら、私たち獣医師はどのように現状を捉え、どのように明るい未来を創っていけばいいのでしょうか。私には、困難を解決するために実践していることがあります。 二つの思考方法と一つの想いです。

具体的には、アウフヘーベン的思考と社会からの需要から考えること(いわゆる顧客志向)、そしてさらにそれらをスチュワードシップを持って取り組むことです。

まずはアウフヘーベン、すなわち矛盾する要素や過去の経験と新しい理解を統合し、より高いレベルの思考や行動へと進化させることで、見えてこなかった解決策が見えてくることとなります。そして、その新しい理解を基に未来に向けた新しい行動に繋げていきます。

そして、スチュワードシップな行動を大切にしています。スチュワードシップとは、「今ある資産・資源は子孫から預かっているに過ぎず、自然や社会の資産・資源を責任を持って管理し、次世代により良い状態で引き継ぐこと」であり、短期的な利益を超えた長期的な視点を持ち、未来の世代のために今の行動を考えることです。「今だけ金だけ自分だけ」という言葉に代表されるような、利己的で無責任、視野狭窄な考え方とは真逆の考え方です。

要するに、スチュワードシップの精神は、現在の資産・ 資源を大切にし、未来のためにそれらを守り育てることで、持続可能な未来を切り拓き、繁栄を一時だけのものにはしない考え方です。

このアウフヘーベンの手法、社会からの需要を中心に置いた思考、そしてスチュワードシップという理念に基づき行動していること、それはまさに 2023 年のG7 およびその長崎保健大臣会合、骨太の方針 2023 でも言及されてきている「ワンヘルスアプローチ」そのものではないでしょうか。

幅広い専門分野をもつ私たち獣医業界は「One Health」の推進において、社会の中心的な役割を担う必要があると私は思っています。ワンヘルスアプローチによって、人間、動物、そして環境の健康が相互に連携していることを理解し、これらすべての健康を「総合的」に促進することが可能になります。

また、過去の経験と現代の課題をアウフヘーベンによって融合させることで、分野横断的に新しい治療法や予防策、新しいサービスやシステムを生み出し、これらの進歩が地球環境・社会環境や人々と動物の生活の質の向上に寄与することが予想されます。社会における需要中心のアプローチにより、人々や動物のウェルネスやウェルビーングへの新たな要求に応え、生活を改善する価値を社会に提供することになります。当然、その価値は経済的価値にもつながっていきます。それを伴侶動物臨床獣医師、産業動物臨床獣医師、研究獣医師、公務員、企業人など様々な立場から貢献していく時代になったのだと思います。

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これらをスチュワードシップの理念を持ちながらワンヘルスアプローチを継続することで、獣医業界は人と動物、そして地球全体の健康と幸福を向上させ、社会全体を持続的かつより安心で幸せな環境へと変えていくことでしょう。

獣医師が社会からますます必要とされていく時代、それぞれの専門分野から横断的に連携し合い社会を良くする獣医師の時代、獣医師 4.0 の時代が始まろうとしているのだと私は感じています。会員の皆様のこれまでの生活を守ることとこれからの未来を切り拓くことを、会員の皆様とアウフヘーベンし、知恵を出し合っていけますと幸甚です。

 

 

 


 

人と動物の共通感染症対策

増え続ける「動物由来感染症」

新興感染症の経験から「One Health」の理解が深まる

 

 

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2019 年に始まった新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、我々は新興感染症の恐ろしさを知ることとなりました。

エボラ出血熱・エイズ・新型インフルエンザなど、新興感染症の 75%が動物を起源とする感染症とされ、さらに人で流行する感染症の実に 60%は、人獣共通感染症であるとされています。このように、過去 100 年間で動物由来感染症は急激な増加の一途をたどってきています。

こうした動物由来の感染症は、人による環境破壊や気候の変動等により動物と人との生活環境が近づいていることと関係があると考えられています。事実、21 世紀に入り、SARSやエボラ出血熱などの新興感染症が多発するようになりました。

このような感染症を未然に防ぎ、被害を最小限にするためには、感染源、感染経路、宿主に対しそれぞれへの対策を並行して行う必要があります。これまでに新興感染症を経験した国々では早くから「One Health」の必要性が理解され、対策が講じられてきました。

しかしながら、日本は島国であるため、周囲の国々からの感染源となる動物の侵入が限られていることや、衛生観念が強いこともあり、新興感染症の事例が比較的少ないため、このような考えがいまだに広がっていません。現在「One Health」の実現そのものを明確に目的として定めた法整備はなく、所管する省庁も、厚生労働省、農林水産省、環境省と分かれており、部分的な連携にとどまっています。

我々が次のパンデミックを防ぐためには、まず動物由来の感染症が私たちの認識よりもはるかに多いこと、そしてその多くが世界の環境破壊と深く関係していること、さらにその破壊につながる一因に、日本が輸入・消費している大量のモノや資源の生産があることを、社会が広く認識する必要があります。新型コロナウイルス感染症に翻弄された経験を国民が共有している現在は、このような情報が社会に浸透しやすいと思われます。「One Health」の一角を担い、時に最前線での対応を迫られる我々獣医師が、まず「One Health」を正しく理解し、その上で何をするべきか、何ができるのかを具体的に考えることが必要だと思われます。

 

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人と動物の共通感染症対策

薬剤耐性菌って実際どうなのか?

薬剤耐性菌が大変だとよく聞くが、実際にどのくらい大変なのでしょうか

 

今から 26 年後の 2050 年では、がんより薬剤耐性菌が関連する原因で亡くなる人が多くなります。

2050 年、薬剤耐性菌が関連して亡くなる人は全世界 で 1,000 万人と予測されており1、2013 年のがんによる 死亡者数の 820 万人より多いとされています(ちなみに 1,000 万人は大きすぎてイメージしにくいかもしれないが、東京都統計局によると 2023 年の東京 23 区の全人口である 978 万人であり、それよりも多い)。これは確定的な話ではない。しかし、私たちが現状のまま何も対策をとらなかった場合はこのような未来になる可能性がある。

この状況は、獣医療における抗菌薬の使用からも起因しているとされています。というのも、日本での抗菌薬の使用は、人への使用(507t)よりも、動物(愛玩動物、産業動物すべて)への使用(842t)の方が多いとの統計があります。さらに産業動物で用いられている、抗菌性飼料添加物としての抗菌薬の使用量(234t)を追加するならば、人への使用に比べ、2 倍以上の抗菌薬が使用されているということになります。

 

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抗菌薬の使用量と薬剤耐性菌の出現率の高さに相関 関係があることは既に知られており、東京都獣医師会は、厚生労働省発表の薬剤耐性(Antimicrobial Resistance:AMR)対策アクションプランに準拠し抗菌薬の適正使用、慎重使用を推奨しております。

抗菌薬の使用に関係する一人一人の意思改革が、未来の自分や家族が薬剤耐性菌由来の感染症で亡くなる可能性を減らすことに繋がります。

【参考文献】 1. O'Neill, J.: Antimicrobial Resistance: Tackling a crisis for the health and wealth of nations. Review on Antimicrobial Resistance, 2014. 2. 薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書. 厚生労働省 薬剤耐性ワンヘルス 動向調査検討会, 2022.

 

 


 

人と動物の共通感染症対策

環境保全

環境保全は「生態系の健康を守る」ことです

 

今年の夏も連日のように猛暑、酷暑、激暑などの表現が天気予報を賑わせました。近年は、毎年日本各地で豪雨災害も発生しており、読者の皆様も地球温暖化を肌で実感することが多くなっているのではないでしょうか?

One Healthとは、ヒト・動物・環境(生態系)の 3 つの健康を一体的に守るための概念です。環境(生態系)の健康を守るために、地球温暖化の防止や生物多様性の維持に取り組むことで、ヒトと動物の健康も守るという考え方です。

東京都獣医師会では、世界自然遺産である小笠原諸島の自然環境やそこに生息する野生動物を襲う可能性のあるノネコ(野生化したネコ)を捕獲し譲渡する活動や、傷病野生鳥獣を保護する活動等を通じて、東京でできるワンヘルスアプローチに取り組んでいます。

 

 


 

人と動物の共生社会づくり

愛玩動物との共生

肉体的・精神的に健全な動物との 暮らしが人の健康寿命に寄与

 

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One Healthを考える上で、犬や猫などの愛玩動物と人との関係性において重要なものとして、まずAMRの問題が挙げられます。犬や猫などの愛玩動物は人の伴侶として家庭内(外)で生活しており、我々獣医師は彼らに対して抗菌薬などの薬剤を使用する機会が度々あります。獣医師による過度な抗菌薬の処方は薬剤耐性菌の発生を促進する可能性があり、人の健康や環境に対しても影響を及ぼす可能性がある、ということを自ら認識する必要があります。薬剤耐性菌は世界的に増加していますが、一方で抗微生物薬の開発は減少傾向にあります。我々獣医師には、これまで以上に抗菌薬などの抗微生物薬の適正使用が求められます。

伴侶動物の感染症を予防することは、人の健康への寄与にも繋がると考えられています。犬や猫から人に伝染する可能性のある病気=人獣共通感染症を予防することが大切であることは当然ですが、人への感染リスクが高くない動物特有の感染症に関しても、これらを予防することはOne Healthの観点から見て非常に重要です。感染症やその他の疾病で弱った動物は他の感染症を併発したり、二次感染を起こすことで人の健康に影響を与える可能性があるからです。つまり、伴侶動物たちの健康を守ることはその周囲の人々の健康を守ることにも繋がります。

少子高齢化社会の中で、犬や猫だけでなくウサギや 鳥などペットと呼ばれる伴侶動物は、人々の心を癒し、家族の一員になるなど重要な存在となっています。犬や猫の飼育は、高齢者の自立喪失(要介護or死亡)発生リスクを減少させたり、一人当たりの月額介護費用に対して抑制的な効果をもたらす可能性が示されています1。また、犬を飼育することが血圧を低下させる2、認知症の発生リスクを軽減3させるなど、人の健康寿命を伸ばすことを示唆する報告もあります。ただし、これらは原則的には「肉体的および精神的に健全な状態の動物と暮らした場合」という条件下での話であろうと思われます(もちろん「病気や老齢の動物の世話をする」ことが張合いになる、という人もいるでしょう)。WHO憲章によると、「健康」は「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、全てが満たされた状態にあること」と定義されています。これをやや拡大解釈すれば、たとえ病気を患っていても、適切に治療・介護され苦痛のない状態で愛情深く管理された動物は健康"的"な環境で生活していると捉えることが可能であり、この点においても獣医師の役割は非常に重要であると考えられます。

 

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犬や猫以外のいわゆるエキゾチックペットとOne Healthとの関連性は、特に動物由来感染症の観点からも非常に重要です。野生動物との接触が増えることで、新興感染症の発生が世界的に懸念されていますが、特に違法な野生生物取引(IWT : Illegal Wildlife Trade)は未知のウイルスや細菌を人の生活圏に持ち込む危険性が高まるのみならず、野生生物の絶滅を助長する可能性があります。

エキゾチックペットの飼育において、動物そのものの健康および衛生的な管理が大切であることは言うまでもありませんが、密猟や不正輸入などのIWTを撲滅するために私たち一人一人ができることとして、これらの動物を購入する際に合法的かつ倫理的に健全な経路から入手するエシカル消費的な考え方は、一つのヒントになると思われます。「エシカル消費」とは「倫理的消費」とも言い換えられますが、私たち一人一人が個人でSDGsを実践するための第一歩としてよく言及される用語です。消費者庁によれば「エシカル消費」の定義は「消費者それぞれにとっての社会的課題の解決を考慮したり、そうした課題に取り組む事業者を応援しながら消費活動を行うこと」とされています。

当然ながら、このような個人の行動変容だけでは社会に与える影響としては不十分であり、一般に対する啓蒙や法規制、国際的な取組みも同時に必要不可欠でしょう。この点においても獣医師の果たす役割は重要です。個人と企業や業界団体〜国や社会が協力して野生生物のIWTを防ぎ、合法的で健全なエキゾチックペットの飼育が促進されることにより、地球環境や生態系への影響を軽減し、持続可能な未来の実現に貢献することになるでしょう。

 

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【参照ウェブサイト】 1. https://www.tmghig.jp/research/topics/202304-14828/( 地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター研究所「高齢者の経験や知識を若い世代へ継承するために」) 2. https://media.eduone.jp/detail/11747/(アトラス合同会社「あなたの心と体の健康を改善する『ペットパワー』6つのポイント」) 3. https://www.tmghig.jp/research/release/2023/1024.html(地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター研究所「『ペット飼育と認知症発症リスク』犬の飼育を通じた運動習慣や社会との繋がりにより認知症の発症リスクが低下することが初めて明らかに」)

 

 


 

人と動物の共生社会づくり

家畜動物との共生

多くの課題を解決する上で重要な 5 つの自由を考える

 

One Healthにおける家畜動物と人および環境との共生を考えたとき、例えば家畜動物の飼料である農作物に対する農薬や家畜動物に対する抗菌薬の適正使用、各種疾病対策、食肉や畜産物などの食の安全の確保、食品ロスの削減、環境に配慮した畜産形態の推進等々、関連課題は多岐にわたります。この中で、持続可能な畜産業に向けて重要となる課題の一つに「Animal Welfareを踏まえた家畜動物の飼養管理」を挙げることができます。前出のWOAHによるAnimal Welfareに関する勧告1(陸生動物衛生基準第 7 章)の序文では「Animal Welfareとは、動物の生と死における環境に関連した身体および精神の状態」であると定義されています。このWOAH2による国際基準(コード)に基づいて、加盟国ごとに指針が出されています。

家畜動物の快適性に配慮した飼養管理は、動物自身のストレスや疾病を予防するだけではなく、畜産物の生産性や安全性の向上にも繋がると考えられるため、日本の農林水産省3もAnimal Welfareを踏まえた家畜動物の飼養管理の普及に努めています。農林水産省は 2023 年から(それ以前は公益社団法人畜産技術協会4:JLTAが作成していました)家畜動物種ごと(肉用牛、乳用牛、豚、採卵鶏、ブロイラー、馬)の「アニマルウェルフェアに関する飼養管理指針5」とそれぞれのチェックリスト、および輸送や安楽死に関する技術的指針を策定し、環境省とも連携してこの普及に努めています。

 

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【参照ウエブサイト】 1. https://www.woah.org/en/what-we-do/standards/codes-and-manuals/ terrestrial-code-online-access/?id=169&L=1&htmfile=chapitre_aw_ introduction.htm( WOAH「Animal Welfareに関する勧告(陸生動物衛生 基準第7章)」) 2. https://www.woah.org/en/home/(WOAH:国際獣疫事務) 3. https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/animal_welfare.html( 農林水 産省「アニマルウェルフェアについて」) 4. http://jlta.lin.gr.jp/report/animalwelfare/index_20230724%EF%BD%9E. htm(l 公益社団法人畜産技術協会「アニマルウェルフェアについて」) 5. https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/230726.html( 農林水産省「ア ニマルウェルフェアに関する飼養管理指針」)

 

 


 

人と動物の共生社会づくり

野生動物との共生

立場の違いを考慮した 正しい住み分けが求められる

 

映画「もののけ姫」では、自然に宿る八百万の神々のメタファーとして、もののけたちが登場します。対して、飢えや病に苦しむ人たちを助け豊かな人間社会を築こうとするエボシ御前との戦いが描かれます。この映画の本質は、そのどちらにも正義がある点です。だからこそ、どの立場に立つかで視点は大きく変わります。

近年、シカやイノシシによる農作物の被害やクマによる被害のニュースが度々世間を騒がせます。そうしたセンセーショナルな事件の影で、元来、野生動物が保有している病原体が産業動物や人に感染する懸念も高まっています。例えば、イノシシは「豚熱」のウイルスを媒介することが知られています。山に食べ物がなく養豚場に下りてくると、そこにいる豚に感染します。農林水産省によると、2018 年岐阜県での豚熱発生以降、36.8 万頭もの殺処分がなされています。これは、豚や養豚農家に限らず、国民の食生活にも大いに影響する可能性があり、各自治体で速やかなワクチン接種や感染防止措置がとられています。

重要なことは、野生動物との住み分けです。しかし、もののけ姫で描かれるように容易なことではありません。産業化、森林破壊、それによる生態系と野生動物の生息域の変化。One Healthには、こうした問題を考えることも含まれています。獣医師はもちろんのこと、一人一人が意識を持って自然社会との共生を考える必要があります。

【参考文献】 豚熱の発生状況と今後の対応について. 農林水産省, 2023(. https://www. maff.go.jp/j/syouan/douei/csf/attach/pdf/index-2.pdf )