公益社団法人
東京都獣医師会
Tokyo Veterinary Medical Association
特集 多様な顔を持つ獣医師たち 〜臨床にとらわれない自由な働き方〜 |
【目次】
・巻頭言 大学病院紹介 第 4 回「大規模な改組により、さらに大きくなる動物病院の役割」 日本大学動物病院 院長 中山智宏
・特集 「多様な顔を持つ獣医師たち 〜臨床にとらわれない自由な働き方〜」
1. 「会社設立後にM-1 グランプリ 2 回戦進出&ナイスアマチュア賞受賞」株式会社VDT/ゴールデンレトリーマン(ボケ担当)豊田陽一
2. 「歌う獣医師の届けたいもの」シンガー Shion 神尾匡惠
3. 「診断するのは"あすの空"」気象予報士 ライフビジネスウェザー 鈴木勝博
4. 「東京の島で働く公衆衛生獣医師」東京都島しょ保健所大島出張所 宇野沙恵
5. 「獣医学生で起業した私のこれまでと、これから」 合同会社wevet 上井登志之
6. 「メディカルイラストレーターという職業を日本で確立させるために」株式会社レーマン tokco
7. 「バスプロという仕事」東京農工大学グローバルイノベーション研究院 田中 綾
巻頭言 大学病院紹介 |
大学病院紹介 第 4 回
院長 中山智宏
日本大学動物病院(ANMEC: ANimal MEdical Center®)は、一般内科、消化器内科、血液科、呼吸器科、循環器科、腎・泌尿器科、神経科、腫瘍科、放射線腫瘍科、軟部外科、整形外科、麻酔科、臨床検査科、産業動物繁殖科、産業動物診療科の 15 診療科で構成されています。診療スタッフは、臨床系教員 19 名、獣医師 8 名、研修医 20 名、動物看護師 6 名です。消化器内科と神経科には、アジア獣医内科学会(Asian College of Veterinary Internal Medicine)の専門医 3 名が含まれています。また、軟部外科と整形外科には、日本小動物外科専門医協会の設立専門医 1 名、認定専門医 2 名の教員が担当しています。ここで日本大学だけの話ではありませんが、大学は企業と比較し人事の流動性が低いことから、診療件数に応じて臨床系教員を増やすことは困難です。その一方で、臨床系教員の平均年齢が徐々に上がってきていますので、若手臨床系教員をいかに継続的に獲得していくかが課題です。
次に、ANMECのMRIが更新されたことをお知らせいたします。ANMECのMRIは超電導型磁石を使用した機種ですが、磁場強度が 1.5 T(テスラ)の機種(東芝メディカル Excelart Vantage®)を導入してから 15 年が経過し、昨年 12 月に最新型3T機種(キヤノンメディカル Vantage Centurian®)に更新しました(写真)。この機種は磁場強度が高いだけではなく、傾斜磁場性能にも優れ、旧機種と比較して高精細な画像撮像に加え、これまで難しかった研究レベルの専門的な撮像や解析が可能となりました。そのことから、今後、高レベルの画像撮像能力を活かして、各診療科、特に神経科や放射線腫瘍科において画像診断と治療技術が発展していくことが期待されます。また、当然のことながら、本MRIで撮像される高精細画像と新たな画像撮像法を武器に、当院へ紹介される症例に対して高度な獣医療を提供し、飼い主様と先生方へさらに満足いただける診療に努めていく所存です。
また、放射線治療装置(LINAC)につきましても、導入から 15 年が経過し、更新時期を迎えています(更新時期は未定)。ただ、LINACの更新工事には約半年を要することから、その間に放射線治療の症例を承ることができなくなります。このことから、先生方には多大なご迷惑をお掛けすることになりますが、どうか、ご理解のほどお願い申し上げます。
最後に新規の話題として、令和 5 年 4 月に獣医学科が属する生物資源科学部で大規模な改組が実施されます。その規模は、農獣医学部が生物資源科学部へと改組された際に匹敵するものです。そして、その中には獣医学科に深く関連する新学科の誕生を控え、愛玩動物看護師を養成する「獣医保健看護学科」が設置されます(定員 80 名)。獣医学科がANMECの診療業務を活用して総合参加型臨床実習を実施し、教育を充実させているように、獣医保健看護学科においても、ANMECで臨床実習を行うカリキュラムを組んでいます。愛玩動物看護師は、獣医界が長年切望してきた国家資格ですので、国家試験の受験資格を与える教育機関には、社会的に大きな責任がともないます。したがいまして、学部教育機関としてのANMECの役割がこれまで以上に増すこととなり、東京都獣医師会の先生方におかれましては、これまでと変わらぬANMECへのご支援と臨床症例のご紹介を心からお願い申し上げます。
Web site:https://hp.brs.nihon-u.ac.jp/~nuanmec/
ANMECは、開業の先生方からのご紹介による完全予約制の診療施設です。当院へ症例をご紹介いただく際には、まず当院へ電話連絡をいただき、症状や疾患と紹介目的をお伝え下さい。その情報を基に、当院での診療科と主治医を決定した後、予約候補日と来院時の注意事項を折り返し電話連絡いたします。
電話番号:0466-84-3900(受付時間 平日 9:00 - 17:00)
日本大学動物病院(ANMEC)外観 |
昨年 12 月に更新したMRIは |
特集『多様な顔を持つ獣医師たち 〜臨床にとらわれない自由な働き方〜』 |
「獣医師だけど、お笑い芸人、ミュージシャン、気象予報士、行政獣医師、ベンチャー企業、イラストレーター、釣り師などさまざまな活動をする獣医師に、話をきいてみたい!」 獣医師免許を持つ獣医師に、臨床という枠にとらわれずに違うジャンルで活躍する理由や、やりがい、メリットや夢などについて伺いました。
会社設立後にM-1グランプリ 2 回戦進出&ナイスアマチュア賞受賞豊田 陽一とよだ よういち●プロフィール ・所属:株式会社VDT/ゴールデンレトリーマン(ボケ担当) ・年齢: 35 才(1987 年 1 月 21 日生まれ) |
・略歴など
2012 年 東京農工大学獣医学科卒業
2012 年〜 2014 年 静岡県にて小動物臨床医として勤務
2014 年 株式会社VDT設立 代表就任
2016 年 M−1グランプリ初出場 2 回戦進出&ナイスアマチュア賞受賞
2017 年 M−1グランプリ初出場 2 回戦進出
2018 年 M−1グランプリ初出場 2 回戦進出
2019 年 名古屋商科大学大学院 経営学修士(EMBA)課程修了
2021 年 株式会社FINAL ANSWER設立 代表就任
M-1グランプリ 2018 出場時 |
大学生の頃から同級生である森ちゃん(森啓太先生:犬と猫の皮膚科にてアジア獣医皮膚科専門医協会レジデント)と趣味として漫才をしていました。お笑い芸人の定義が分かりませんが、僕らとしては"お笑い好き獣医さん"くらいの感覚です。
活動としては、大学祭で漫才や大喜利をやったり、全日本大学漫才選手権に出場してみたり、 結婚式の出し物で新郎新婦にまつわる漫才をしてみたり。その延長で、社会人になってからはM−1グランプリに出場していました。
お笑いの最大の魅力は、大勢が一気に笑った時の笑い声を漫画や小説だと『ドッ!』って表現するじゃないですか。 初めて舞台で漫才を披露した時に、『ドッ!』という音が聞こえたんです。 子供の頃に「これって自分だけしか気づいていない大発見なんじゃないか!?」とワクワクゾワゾワした記憶がある人はあるし、ない人はないと思うのですが、舞台上でその感覚を覚えたことを覚えています。その衝撃たるや......忘れるまで忘れないと思います。
大学3年生の時、『大学一面白い人を決める』というキャッチフレーズのお笑い選手権が大学祭にて企画されました。 煽りに煽られたその企画はもちろん参加人数が伸び悩み、企画担当者は頭を抱えていた。 その担当者が私のうっすーーい後輩(松村もしくは村松)でした。
その後輩に「お笑い選手権に出て下さい! 豊田さんって、ちょっと面白いと思うんですよ!」という混乱を促すような打診を受けたんです。 その頃の私は自己肯定感が激低で大学一断るのが苦手だったこともあり、気づけばOKを出していました。
自分たちなりに試行錯誤して挑戦したら見事優勝しました。
キャンパスを歩いていたら
「ゴールデンレトリーマンのボケの方ですよね!」とか言われるようになって浮かれてみたり
「大学一面白い乾杯をお願いします!」
といった無茶振りが日に日に増え、大ウケと大滑りを繰り返していたら、ドンドン面白くなっていきました。
起業してからは初めてのビジネスの世界で生き抜くのに必死だったのですが、
「仕事頑張っていると思うけど、昔の方が全体的に面白かったよね」
と旧友に言われ、
「おいおい、舐めんなよ!」
とその場でM-1グランプリに申し込み、そこから挑戦の日々が始まりました。
人生は、(1)仕事 (2)家庭 (3)ファイナンス (4)健康 (5)趣味 (6)成長・知性 (7)人間関係 (8)社会貢献の 8 つの領域から構成されているという考え方(バランスホイールと言います)があります。それぞれ相互作用しているので、仕事だけに没頭するよりも他の領域も充実させるとGOODなんです。例えば、私の経験から言うと、M-1グランプリに挑戦してからは「あ、あの漫才の子だよね?」と、初めて会う先生方と円滑なコミュニケーションを取ることができました。それに、ただ純粋に、挑戦していた日々が人生の宝物です。
惰性で生きないためにも『人生の定義』と『仕事の定義』を自分で決めておくことをオススメします。私は現在、『日本一希望を届ける動物病院をつくる』というミッションのもと、サーカス動物病院を運営しています。ここで、動物とスタッフ、そして経営者の笑顔は両立するということを証明します。サーカス動物病院をモデルケースにして、その手法を広めていくのが、仕事の 1 つの目標です。 『世の中を明るくする』というのが私のミッション(使命)です。
これまで、目的達成のために、献血・漫才・獣医師・起業・経営学と、手段を変えて挑戦してきました。次はプロコーチになるために、2022 年 2 月からコーチングスクールに通い始めました。認知科学という分野になるのですが、素晴らしい人生、素晴らしい組織、素晴らしい社会をつくるために必要不可欠な考え方だと思っています。学んだことを動物病院業界に還元していくことが今から楽しみです。
セレニアとかけまして
人の夢とときます
そのこころは
どちらも吐かない(儚い)です。
獣医師 1 年目のときは、動物病院で見るものすべてが新鮮で、謎かけのネタが沢山あって嬉しかったことを覚えています。小動物臨床医時代は時間的にも精神的にも肉体的にも余裕がなかったですが、毎日を楽しく過ごそうと意識していました。
悲観は気分、楽観は意思という考え方が好きです。
「自分が楽しむ=動物に迷惑が掛かる」なんてことはないです。もしも二項対立で考える癖がある方は、少しずつでも直していきましょう。
「私(俺)と仕事どっちが大事なの?」
なんて地獄的な質問をされたら、
「アナタが大事だから仕事も頑張るんだよ!」
と答えるのが正解なように、
「動物が大事だから、自分のことも大事にする」
これが正解です。世の中の物事は循環させると長続きするからです。サスティナビリティーってやつです。
動物を救うだけでなく、動物を救い続けていきましょう。
名古屋商科大学大学院 経営学修士(EMBA)課程修了時 |
歌う獣医師の届けたいものShion 神尾 匡惠 shion かみお まさえ●プロフィール ・所属 株式会社 V and P Medical Professional Manager ・年齢 42 歳 |
・略歴など
広島県出身。鳥取大学卒業後、公務員として勤務しながら市民ミュージカルに出演し 2000 人のホールでソリストとして初舞台。以後舞台をいつかの夢に抱きながら動物病院、企業で勤務。3.11 を機に「いつかは来ないかも知れないから、いますぐやろう」と退職して音楽に専心。公務員バイトをしたり、派遣社員を経験してみたり紆余曲折あり、現在兼業シンガーとして活動を継続中。
現在、株式会社 V and Pで勤務しながら、フリーでライブハウスやライブレストラン、イベントやディナーショーで歌っています。ミュージカル舞台を目指していたので、ミュージカル楽曲を中心にR&B、ゴスペル、ジャズ、POPS、クラシックなど多ジャンルのプログラムを上演しています。ペットロスの方のために、獣医師仲間と音楽と朗読の会も開催しました。
歌おうと思ったのは、屠殺、安楽殺、患者さんの死、助けたくてなったはずの獣医師なのに死なせてばかりであることにじわじわと感情がマヒし始めたのがきっかけです。ある日豊かな感受性の欠片も見つけられなくなったとき、歌を歌おうと思いました。
歌っていたら、バンドのボーカルに誘っていただいたり、ライブのオファーを頂いたりして、ありがたいことに現在もステージに乗れています。
歌の魅力は心が解き放たれ、そのまま歌に乗るところ。それを受け取って泣いたり笑ったり、聴いた方の心にも響くところ。心が浄化されたとか、忘れていたやりたいことを思い出したとか、前に進む勇気をもらったと言っていただくことが多く、幸せです。
ペットロスをテーマに作った |
獣医師仲間と開催した |
獣医師以外の活動をすると、それぞれの世界でルールや常識が違うというのを思い切り体感できます。色んな人物がいて、考え方があって、どれも正解であり不正解であるというのを多様なパターンで経験できます。居る場所によって見える社会が全く異なるため、視野が広がるし、寛容になれます。
獣医師として学んできたことも、歌手として経験したこともすべてアイデンティティであり、私の中に自分を支える柱が複数建っています。
獣医師以外の仕事を経験することで色んな意味で自由になり、生きやすくなったと思います。
これからも、好きなことすべてにチャレンジして、何足も草鞋を履きながら楽しく歳を重ねたいと思っています。
今は多様性が許されている時代だと感じます。コロナ禍以降とくに加速しているのを皆さんも感じていらっしゃるのではないでしょうか。
獣医の世界は狭いとよく言いますが、言い換えれば深いつながりが得られ、出て行ったとしても戻ってこられる場所でもあるということ。獣医師免許という恵まれた財産を持っていることに意識的になり、ご自身の大事なもの、好きなことにチャレンジし、学びを深め、すべてを楽しんで成長していきましょう!
診断するのは"あすの空"鈴木 勝博 すずき まさひろ●プロフィール 気象予報士 ・所属 (株)ライフビジネスウェザー所属 ・年齢 42 歳 |
略歴など
2004 年 3 月、北海道大学獣医学部卒業
2004 年 4 月 〜 2005 年 12 月、都内動物病院に勤務
2006 年 3 月、気象予報士の資格取得
2006 年 6 月、(株)ライフビジネスウェザーに入社
気象予報士として、テレビ局で仕事をしています。ニュース番組内で放送される気象情報の作成に携わっていて、気象情報の構成や演出方法を、担当する気象キャスターやディレクターたちと共に考えたり、彼らにアドバイスしたりしています。
また、獣医師+気象予報士であることを活かして、アニコム損保様のご協力をいただき、ゴールデンウイーク前から 9 月末にかけて、「犬の熱中症週間予報」を発表しています。
気象予報士に興味を持ったのは、中学生のころ気象予報士の制度ができたというニュースをみたのが、最初のきっかけです。気象が好きだったこともあり、そのニュースをみて「いつか資格を取りたい」と思いました。
本格的に気象の勉強を始めたのは、大学 5 年目のころです。勉強を始めたころは、気象の仕事に就くつもりはなかったのですが、勉強をするうちに「気象の世界で仕事をしてみたい」と強く思うようになり、転職することを決めました。
天気予報を通じて伝えられる情報は、「洗濯物の外干しはできるのか」といった生活に身近なものから、「大雨などの気象災害に備えて何をすべきか」といった命を守るためのものまで、幅広いです。幅広い分、多くの人が必要としている情報です。それだけ責任がある仕事だと思いますし、やりがいがあります。
天気予報を見た人が、どう受け取って、生活にどう役立ててくれるのか、それを考えながら仕事をするのが楽しいです。ただ予報が外れた時は、ショックが大きいです。
自分がやりたいと思うことを仕事にしているので、楽しんで仕事ができています。
また、「犬の熱中症週間予報」を発表していますが、獣医の分野と気象の分野を組み合わせた、これまで誰もしたことのないような活動をできるのは、自分の強みになっていると思います。
これから先もどんな形でも構わないので、気象予報士として、気象に携わる仕事をしていきたいと思っています(具体的な展望までは見えていないのですが)。
また、台風や大雨などの気象災害が迫っている中、自治体から避難情報が発表されても、「ペットがいるから避難できない(避難しない)」という話を聞くことがあります。ペットと共に避難できるような環境づくりや避難情報の提供など考えていきたいです。
獣医師の活動でも、獣医師以外の活動でも、どちらでも構いません。自分のやりたいことや自分に合うことを見つけて、新しいことにどんどん挑戦していってください。
気象予報をする際に使用している資料の写真です。地上の気圧配置だけでなく、上空の風の流れや空気が含む湿気の量などの予想をこの資料で確認し、予報をしています。
東京の島で働く公衆衛生獣医師宇野 沙恵 ・所属 東京都島しょ保健所大島出張所(新島(にいじま)支所) ・年齢 28 歳 |
・略歴など
平成 30 年日本大学生物資源学部獣医学科比較免疫学研究室卒業。その後、東京都に就職し、芝浦食肉衛生検査所( 2 年)、多摩立川保健所( 1 年)、島しょ保健所大島出張所新島支所(現在 2 年目)
島内の健康危機管理を担う
私は東京都の島の一つである新島で、保健所の職員として働いています。新島は、東京・竹芝から大型客船で 10 時間 35 分(高速ジェット船で 2 時間 20 分)、東京・調布から飛行機で 40 分の場所に位置する人口約 2,000 人の島です。新島から連絡船で 10 分の場所に位置する人口約 500 人の式根島も管轄しています。
現在の主な業務は、飲食店等の営業許可・監視指導及び食中毒調査等の食品衛生業務、旅館や温泉施設等の許認可・監視指導等の環境衛生業務、動物愛護に関する相談・苦情対応等の獣医衛生業務、さらには鳥インフルエンザ等の家畜伝染病発生時の家畜防疫業務など非常に多岐にわたります。
また、新島支所の職員は 3 人(保健師、栄養士、獣医師)なので、例えば、島内で新型コロナウイルス感染症が発生した際には協力して調査や検体採取・搬送等を行うなど、夜間休日を含めて島内の健康危機管理を担っています。
私は、何か一つのことを極めたり自分にしかできない技術を追求するといった働き方よりも、大学で学んだ知識やスキルを広く活かし、社会全般に関われる仕事がしたいと思い、公衆衛生獣医師になることを決めました。新島への異動の話をいただいた時は入都 3 年目で公衆衛生獣医師としての経験も浅く、獣医師がたった 1 人の職場へ行くことにとても不安を感じていました。しかし、前任者や同じ東京都の島である神津島にいる同期に話を聞くうちに、仕事やプライベートの面でも内地ではできないことをたくさん経験できると思い、新島への赴任を決断しました。
東京都では、本庁の他に、公衆衛生獣医師が配属される職場として食肉衛生検査所、保健所、動物愛護相談センター、健康安全研究センター等が、家畜衛生獣医師が配属される職場として家畜保健衛生所等があります。定年退職までに全ての職場を経験することができないくらい職域が広いです。一方で、新島支所ではそれらの業務のほとんどを経験することができます。また、島内に公衆衛生獣医師は自分 1 人なので、島民から頼りにされていると感じることや、仕事の進め方の自由度が高いことが魅力だと感じます。
職場や住居から 10 分くらい歩くと、目の前に東京では信じられないくらいきれいな海が広がり、夏は海水浴やシュノーケリング、釣りは年間を通して楽しめます。平日の早朝や夕方はまるでプライベートビーチ感覚で新島の海を独占できます。仕事で疲れた日も、海に入ったり、海をのんびり眺めることで気持ちがリフレッシュされ、また明日も頑張ろう! というエネルギーが湧いてきます。
(写真・左)式根島、泊海水浴場。 |
(写真・右)新島、前浜港からの大型船(東京→大島、利島、新島、式根島、神津島を結ぶ。) |
責任感は忘れず、仕事に楽しさを見つけられる余裕を
一般的には、「獣医師=小動物臨床」のイメージが強いと思いますが、獣医師としての知識が小動物臨床以外の場で求められることは多いです。職域が広いのは獣医師という資格の強みの一つだと思っています。就職したばかりの頃は本当にこの仕事を続けて良いのか悩むことがありました。入都 5 年目の今では、公衆衛生獣医師としても、人間としても尊敬できる優秀な上司や先輩方と出会う中で、少しずつ仕事に対する考え方が変化してきたと感じています。都民の健康と安全な生活を守るという責任感は忘れず、その中でも仕事に楽しさを見つけられる余裕ができると良いと思います。そのために、知識と人間力の向上が近々の目標です。十年後、二十年後に、後輩に対して、自分の仕事を「面白い」といえる大人になりたいです。
若手獣医師にひとこと
自分とは違う分野に進んだ大学時代の友人と話していると、自分よりずっと成長しているように見え、無性に焦りを感じることがあります。でも、人と比べるのではなく、自分のペースでスキルアップしながら今の仕事と向き合っていきたいです。その過程でたくさんの優秀な獣医師や獣医師以外の方とも出会い、刺激をもらえたら人間として成長できるのでないかと思っています。
釣り仲間からもらったボラのうろこ取りをしている様子 |
獣医学生で起業した私のこれまでと、これから
上井 登志之 ・所属 合同会社wevet 代表 |
・略歴など
2017 年 長野県から上京し、東京農工大学農学部 共同獣医学科に入学。
2020 年 ビジネスの観点からペット業界を見る必要性を感じて、ペット関連ベンチャー企業に入社。
動物病院の承継開業などに関わる。
2021 年 合同会社wevetを創業し、代表社員に就任する。WEBコンサルティング、人材、教育関連のサービスを立ち上げる(初年度売上 450 万円)
一歩を踏み出す人をそばで応援できること
私は、3 つの事業を行っております!
(1)動物病院のWEBコンサルティング業務、バックオフィス業務
動物病院のSNSを用いた集客や、休眠顧客への架電営業などのコンサルティングをしております。
(2)獣医・看護学生の就活サイトの運営動物病院の実習の口コミを掲載する就活サイト(Vets Index)を運営しております。
(3)獣医学科専門のオンライン個別指導塾 全講師が獣医学生で構成されるオンライン個別指導塾を運営しております。
私が獣医師を目指したきっかけは少し変わっています。中学校のときから、動物園で働きたい、あわよくば動物園をつくってみたい、という夢がありました。しかし、獣医学生になって多くを学ぶうちに、このまま進む道の先に、どうやら動物園をつくるという選択肢がなさそうだということに気づきました。まずは、ビジネスの視点からこの業界を知る必要があると考え、大学 4 年生から某企業動物病院にインターン生として入社しました。
学生ながら多くの裁量をもたせてもらい、非常に成長させていただきました。当時の社長には今でもお会いしますが、毎回学ぶことばかりで自己嫌悪に陥るほどです。そのまま働くという選択肢もありましたが、自分でサービスを0からつくってみたいという気持ちと、経営者の勉強をするには経営者になるのが一番早いという考えに沿って、約 1 年後の 2021 年 1 月に合同会社wevetを創業しました。(資本金 9 万円)この仕事の最大の魅力は、自分の目指す姿のために、一歩を踏み出す人をそばで応援できることです。会社の理念でもありますが、「自立した人材を増やし、業界で働く人の幸福度を上げる」ための素敵な活動が会社を通して出来ることに、大きなやりがいを感じます。
私の原体験は、仲の良かった後輩を半ば強引に連れて行った東南アジア旅行です。少し内気な後輩の既成概念を、思いっきり破壊するような刺激的な旅行にしたくて、私が全て企画しました。現地でヒッチハイクしたり、大学に侵入して仲良くなった方の家に宿泊したりと、とにかく現地の方との一期一会を全力で大切にしました。
観光地巡りが中心の旅行と違い、あの旅行に再現性は全くありません。奇跡的な出会いの連続で完成した素敵な旅行でした。
帰りの飛行機に乗り込むや否や、後輩は高揚した様子で「私の人生はこの旅行で大きく変わりました! ありがとうございます!」と伝えてくれました。
あの言葉は今でも忘れられません。自分がデザインした機会や体験が人の人生を好転させたことは、今までのどんな体験にも勝る幸福でした。現在も、この時のような純粋に人を喜ばせたいという思いを大切に、事業を行っております。
合同会社wevetによるオンライン塾の様子 |
自分の価値が最大限発揮される居場所を選択したい
自分も獣医学生ですので、今のような仕事をしていると「獣医師にはならないの?」ということはよく言われます。
もちろん、免許はしっかりとって獣医師にはなる予定ですが、仕事にしたいのはそれではないかなと思っています。
自分なりに試行錯誤する中で気づいたことは、自分は創ることが好きで、縁の下の力持ち的な存在が向いているということです。小動物臨床医以外の選択肢も含めて、自分の価値が最大限発揮される居場所を選択したいと思っていますし、すべての人がそうであって欲しいと心から願っています。
将来の展望を聞かれたら、結論、今やっている事業をやり抜くことと、成長できる環境に身を投じます! あんまり褒められた学生ではないですが、免許は取りたいですね(笑)。
少し具体的に書くと、まずは、今やっている事業にすごくやりがいを感じているので、お客さんの声を聞きながら求めている商材やサービスを追加していき、より成長させたいです。現在もいくつか仕込んでいることがあるので、ワクワクしています!
一方で、小さくまとまらずに、本当に世の中に対して価値ある存在であるには、理念や目的を持ち続ける企業組織をつくること自体が必要だなと感じています。私自身がまだまだ人を育成するには器が小さすぎるので、器が大きな人と一緒にいられるような、成長できる環境に身を投じたいです。両立は相当困難だと思いますが、持ち前の実行力を活かして邁進していきたいです!
獣医学生へひとこと
私が先輩獣医師さんに対して助言するというのは、さすがにおこがましいので控えますが、後輩の獣医学生に対して伝えたいことは少しだけあるので言及させていただきます。
ビジョン、夢、進みたい道、そんなものないと悩んでいる方が私の周囲には多いのですが、実は私も同じです。インターン入社したときも、会社を立てたときも、理由を明確に言語化できたわけではありません。ですが、「エイヤ!」で飛び込みました。
その結果、「これは好きだし得意」「これを自分がやっても価値がなさそう」という事が肌感で理解できました。その結果、自分が好きなこと、やりたいことが「エイヤ!」の前よりクリアになって、人生の幸福度が少しだけ上がりました。
伝えたいことは一つで、「迷ったらやる」です。理由はそのあと考えれば良いと思います。挑戦する過程で周りに多少迷惑をかけてでも、自分の可能性を信じて挑戦することが、結果的に周囲の人を一番幸せにすると私は信じています。※その代わり成長しましょう!
同世代同士、一緒に切磋琢磨しながら頑張りましょう! 私も負けません!
合同会社wevet創業メンバーの一人 |
メディカルイラストレーターという職業を日本で確立させるために tokco tokco●プロフィール ・所属 株式会社レーマン 代表取締役 ・年齢 41 歳 |
・略歴など
2008 年酪農学園大学卒業 神戸市医療機器開発センター内の豚ウェットラボ専門獣医師として勤務したのち株式会社レーマン設立
株式会社レーマンの作成した3Dイラスト |
メディカルイラストレーションとは、医学や医療情報を"可視化"し、見る人にわかりやすく伝えるためのツールです。私は14年間メディカルイラストレーター(MI) として活動したのち、現在はMIの若手育成と本物のMIがその能力を認められ生き生きと活躍できるような環境を整えるために経営者として全力を尽くしています。
MIとしては専門書のイラスト制作のほか多くの論文へイラストやアブストラクト、概念図を提供してきました。大手広告代理店や化粧品会社、製薬企業へ向けてわかりやすい資料制作のコンサルティングも行っています。最近大学や専門学校など教育機関からのVRやオンライン教材の制作依頼が増えています。
もともとこの職業になりたいと思っていたのですが、日本にそのような就職先はありませんでした。獣医師免許を取得後、ヒトの医療の研究開発施設で豚の専門獣医師として勤務しました。その中で、立場の違う人が医療の話や専門性の高い会話をすることの難しさと、それに伴うビジュアルの重要性を強く感じ、MIになりたいという夢が再燃しました。それがMIになったきっかけだったと思います。
この仕事の魅力は、あらゆる分野の研究や最新の医療情報を真っ先に知り、その発展を陰で支えることです。研究者自身もイメージ化できていないビジュアルをつくり上げていくことで、見る人に喜んでもらえたり、それが一般の人々の目に触れることで正しい知識の普及に携われることです。
株式会社レーマンの作成した医療用解剖図(左) |
コロナウイルスの概念図(右) |
獣医師の資格を取るということは、まず単純に机に向かって勉強をする忍耐力が培われると思います。受験の後も国家試験に向けて6年間学ぶわけですから当然専門用語にも触れますし、基礎的な理系の知識は身につきます。
MIの仕事はあらゆる専門分野の先生方と会話をして、彼らが何を求めているのか、何をどのように見せれば対象者にとってよりわかりやすいビジュアルが構築できるかを考えます。そのためには論文を読み、時には過去の先行論文まで目を通すこともあります。さらに「平均」を叩き出すために多くの専門書に目を通します。この時点で獣医師になるために努力をしてきたことが大きくプラスに影響していると思いますが、仕事上では獣医師であるが故に大きな信頼を持って医師や研究者が向き合ってくれるというメリットがあります。しかし当然、その分大きな責任が発生します。
やはり日本では「イラストレーター 」という肩書は立場が弱くなりがちです。今まで日本でMIが専門職として成り立たず、寝る間を惜しんで描いても描いても薄給で経済的に苦しい環境にあったのは、どれほど高度な仕事をしているのか知られていないということもありますが、その環境のままで諦め、問題点に声を上げる人がいなかったというのが大きな理由として挙げられます。
獣医師免許はある意味私にとっては御守りです。「メディカルイラストレーター」というこれまで全く世に知られていない仕事をアピールし、会社組織として形を整えて交渉をしたり、技術をプレゼンするのは本当に大変なことでした。まずは耳を傾けてもらうために獣医師免許は便利でした。
今、社内スタッフは 10 年来のMI仲間です。圧倒的に私よりも優秀ですが「イラストレーター 」というだけで理不尽な扱いを受けることも多々ありました。それならば私が矢面に立って、彼、彼女らの能力を世に知らしめ、立場を守りながら生き生きと仕事をすることに専念してもらうという「役割分担」が正解だと思い、私はよほどのことがない限り絵を描かないと決断しました。世に知られていない職業を認めてもらい、スタッフが幸せに働ける環境をつくるというのは、絵を描きながら中途半端にできることではないからです。
というわけで私の場合、獣医師であることでさまざまな場面で大きな決断ができ、勇気を持って前に進むことができました。今後もMIの活躍の場を広げ、人の医療だけでなく獣医療の発展にも広く貢献したいと思います。
若手獣医師へひとこと
「獣医師なのだからこうでなければいけない」と囚われないことで新たなチャレンジができるのではないでしょうか。
株式会社レーマンの作成したオンライン教材用のシミュレーション画像 |
バスプロという仕事
田中 綾たなか りょう●プロフィール ・所属 東京農工大学グローバルイノベーション研究院 教授 ・年齢 50 歳 |
・略歴など
東京農工大卒 獣医学博士 小動物外科設立専門医 アジア獣医内科学専門医(循環器) 第1種放射線取扱主任者
・バスプロとしては清水綾プロとして活躍中
バサーが獣医師をやっている
「田中先生、バス釣りやるんですって?」よく聞かれますが、ちょっと違います。実際は「バサー(バス釣りをやる人をこう呼びます)が獣医師をやっている」んです。
バスプロとは、ブラックバスを釣ってその重量を競う競技をプロとして行う人のことをいいます。
小学校低学年から釣りをはじめ、高学年になる頃にはバス釣りに嵌まっていました。
最初は電車や自転車で、中学生になると釣り友だちの大人と一緒に車で毎週のように釣りに行っていました。高校生になるとボートとバイクの免許を取り、大学受験を考える頃にはバス釣りを職業にしようかと考えていて、親と揉めたことを覚えています。獣医になる予定はなかったのですが、結局なぜか農工大に入り、今に至ります。
バス釣りのほうは、途中からは競技としての活動が主体となり、バスプロと呼ばれるようになりました。プロになったのは、皆で同じルールの下で競技として自分の力を試してみたくなったからです。WBSという団体で主に活動をしており、おかげさまでバス釣り最高峰の大会、Basser All Star Classicにも参加させていただきました。
バス釣りの魅力は、広い湖から魚を探して釣り上げる能力を競うこと。湖のどこかに必ず魚はいるので、可能性は常にあるし、実際に誰かは釣ってくる。釣れるか釣れないかは釣る人の考えや戦略、技術によるところが大きいうえに、自然相手では思い通りにいかないことも多いので、常に上達するための努力を続けられるところにあります。
バス釣りと外科手術の共通点
バス釣りと外科手術にはわりと類似点があります。まず糸と針を使い、技術的なスキルが要求されます。釣りで養ったスキルは、獣医師になった段階でも十分に役立っていると感じています。
また、最近はバス釣りでも、魚群探知機がとても重要視されていますが、これも周波数は違いますが原理はエコーと同じなのです。私が心エコーのエキスパートになれたのもそんな素地があったからではないかと思っています。
バスプロは釣りメーカーとスポンサー契約を結ぶことも多く、以前は釣り竿メーカーの大丸興業(Daiko)のサポートを受けて、釣り竿の開発も行っていました。この関係も大学での共同研究に似ていて、メーカーのサポートに対して結果で返すという形がとられています。
このように、バス釣りに熱中していたおかげで、大学での獣医療(外科)にすんなりなじむことができました。僕の前の教授の山根先生は、農業を獣医療に活かしていたと思いますし、どんなこともものごとの本質は同じなのかもしれません。
バス釣りを本職にしていたら、今頃はアメリカで活躍していたかもしれませんが、趣味を仕事にするといろいろ大変かもしれないので、趣味を活かせる仕事選びをしたことは正解だったのでは...と思っています。獣医の仕事の方が忙しくて、あまり釣りに行けなくなったのは計算外でしたが。最近は、体力的にはちょっとつらくなってきましたが、まだまだバス釣りの第一線での活躍を目指して頑張りたいと思います。
何か一つの技術を極めることは、他の分野にも良い影響があると思います。また、趣味から得られる人間関係もきっと自分にとってプラスになるでしょう。
若手獣医師へひとこと
現在では情報は簡単に手に入りますが、実際に体験してみないとわからないことも多いです。 ネットやテレビからの情報で満足せず、自分の経験を大事にしてください。
Basser All Star Classic予選大会Wild Cardでの一コマ。試合では時速 100 キロを超える 275 馬力のバスボートで湖を走り回って魚を探します。5 匹または 3 匹の重さで競い合うので、湖の状態をどう読むか、そして魚をミスなく釣り上げるスキルが問われます。思った通りにいかないことも多く、結果が数字として出るので、言い訳はできません。獣医療だと何かと言い訳をしたくなりますが、そういう意味ではバス釣りの方がシビアです。この試合では、練習の時の調子が良くて「勝っちゃうかも!」って思っていたのですが、当日はそううまくはいきませんでした。なんとか魚を探して5匹揃えましたが、優勝には一歩届かず、残念な結果に終わりました。