公益社団法人

Tokyo Veterinary Medical Association

会員オンラインサービス

会員オンラインサービス

【TOJUジャーナル 2021 年 10 月号(601 号)】
 特集『災害大国で動物と暮らす そのとき獣医師にできること』

10月号の巻頭部分 (1).jpgのサムネイル画像

                                                  


【目次】

・巻頭言 大学病院紹介 第 3 回「動物医療センターの現状と展望について」 日本獣医生命科学大学付属動物医療センター 院長 藤田道郎

・特集 1 「ペット同行避難の現状と課題について」 東京都獣医師会 事務局長/NPO法人 ANICE理事長 平井潤子

・特集 2 「災害時に獣医師はどう行動すればよいのか」危機管理室/東京都獣医師会武蔵野三鷹支部長 藤本順介

・特集 3 「災害動物医療研究会の活動」 災害動物医療研究会 代表幹事 佐伯 潤

・特集 4 「東京都獣医師会とVMAT」 危機管理室 / 災害動物医療研究会 幹事・事務局 藤本順介


 巻頭言 大学病院紹介

kanntougen fujita.jpg

大学病院紹介 第 3 回

動物医療センターの現状と展望について

日本獣医生命科学大学付属動物医療センター

院長 藤田道郎

                                                  

2015 年 4 月 1 日に本学動物医療センター院長を拝命し、前任者の残任期間の 1 年を務めた後、 1 期 2 年を 3 期務め、現在 7 年目です。この間、院長として動物医療センター(以下、センター)の発展のために様々なことを行ってきました。その中には、センターが小動物臨床において高度獣医療施設を標榜かつ継続する上で必須の高エネルギーX線発生装置の更新や人工心肺装置の導入など高額機器の入れ替えや新しい装置の導入なども含まれます。

その一方でスタッフの労働環境の整備や診療業務の効率化についても積極的に取り組んできました。センターでは専従獣医師(動物医療センターで診療に特化して働く獣医師)については今まで学部教員と同様にタイムカード管理は行われておらず、労働時間の把握が見えづらかったことから、彼らに対してもタイムカード制を導入しました。その結果、専従獣医師の残業が月 45 時間、年間 360 時間を超えないように適切に管理できるようになりました。

また、各種検査業務の大部分を別会社に委託することで高額の検査装置についても買い換え時の費用を負担する必要がなくなり、支出予算から外すことができました。業務の効率化については、輸血担当部会や感染症部会を立ち上げました。前者については保存血輸血や成分輸血、さらには供血動物の管理も含め、輸血に関連する業務を輸血担当部会が一元化して管理するシステムを構築したことで適切な輸血が行うことができるようになりました。後者についても種々の感染症に罹患している患者に対して隔離の有無や使用した部屋の消毒の有無などについてのマニュアルを作成し、実践することで二次感染を防ぐように務めています。

以上のように労働環境を整備し、業務の効率化を実践したので、これからはこれらを継続しつつ、開業されている先生方のニーズに応えていく必要があります。しかしながら、先生方のニーズに応えるためには大きな問題があります。それは人員不足です。センターでは令和 3 年 7 月末現在、 12 の内科系診療科と 6 の外科系診療科に分かれて診療を行っていますが、それぞれの診療科を専門とする獣医師は 1 名から多くても 3 名であり、その多くが学部教員です。学部教員は授業や実習、そして研究なども行わなければならないため、診療に従事する時間が限られており、その中で効率良く診療するためには事前紹介予約システムを取らざるを得ません。一方、専従獣医師は診療に特化していますが、週休 2 日を含めた適切な労働時間を維持しなければなりません。また、センターでは土曜診療を行っていますが、これについても適切な労働時間を確保する中、人員不足から平日並みの診療態勢とはなっていません。結果、開業されている先生方のニーズに十分対応できていないのが現状です。

院長として、定められた労働環境の中でいかに効率良く収益を上げ、かつ開業されている先生方のニーズに十分に応えることができるかという大きな宿題を抱えながら、関東に複数ある大学の動物医療センターの中から当センターを紹介していただけるよう一層努力していきたいと考えています。

                                                  

日本獣医生命科学大学 付属動物医療センターの紹介

Web site:https://www.nvlu.ac.jp/amedical

当動物医療センターは、開業の先生方からのご紹介による完全予約制の、高度獣医療、専門診療を提供する二次診療施設となります。

当センターへご紹介を頂く場合には、事前に電話にて、患者情報、紹介目的(主訴等)、ご希望される診療科、希望される受診日等を確認の上、予約をお取りいたします。なお、どの診療科に依頼すればわからない場合については先ずは総合診療科にて診察を受付け、その後専門診療科に転科する対応も行っています。予約完了後は受診予約日までに、紹介状、検査データや画像データ等をご用意いただき、オーナー様にご持参させて頂くか、当センターまでFAXにてお送りください。

電話番号: 0422 - 90 - 4000(受付時間 平日 9:00 〜 17:00 )

F A X : 0422 - 34 - 8210(24 時間対応)

曜日によって診療科が異なっています。詳細は上記HPにてご確認ください。

                              

                                                  

R3.10kantogen1_1
院内図 1 階

                                                  

R3.10kantogen1_2
院内図 2 階
R3.10kantogen1_3.jpg

                                                  

kyoritu.jpg

                                                  


 特集『災害大国で動物と暮らす そのとき獣医師にできること』 1

R3.10tokushu1.jpg特集 1

「ペット同行避難の現状と課題について」

東京都獣医師会 事務局長/NPO法人 ANICE理事長

平井潤子

                                                  

豪雨災害への備え

地震大国と異名を持つ日本周辺には約 2,000 もの活断層があり※ 1、「首都直下地震」や「南海トラフ三連動地震」などの大規模地震がいつ発生してもおかしくない、という状況であることから、「災害対策」といえば主に地震に対する検討が重ねられてきました。※ 1「日本の活断層」 地震調査研究推進本部(文部科学省研究開発局地震・防災研究課)https://www.jishin.go.jp/main/pamphlet/katsudanso/Chap2.pdf

しかし、地球温暖化の影響により、ここ数年は台風が日本列島を直撃・縦断するようになりました。「想定を超える雨量」という表現とともに毎年のように全国各地に被害が生じるようになったことで、豪雨災害への備えの必要性が問われるようになってきています。ここでは、主に豪雨災害でのペット同行避難とその課題について述べたいと思います。

続く豪雨災害や、令和元年台風第 19 号等による全国的な被害を踏まえ、令和 3 年 5 月、内閣府は住民が判断に迷わず速やかに避難できるように、「避難勧告」という言葉を廃止し、「避難指示」を発令することに改定しました。住民がただちに避難行動に移れるよう災害対策基本法の改正と「避難勧告等に関するガイドライン」の見直しを行いました。※2

※ 2「避難情報に関するガイドラインの改定(令和 3 年 5 月)」内閣府政策統括官(防災担当)http://www.bousai.go.jp/oukyu/hinanjouhou/r3_hinanjouhou_guideline/

                                                  

「避難」の違いを知る

ここで注目していただきたいことは、災害(被害)の種類によって避難の方法が変わる点です。台風などによる豪雨災害が予想されている際に、被害に遭わないように避難指示による避難行動をとるタイミングは、原則として被害が出る前です。一方で、地震や堤防決壊、土砂災害等のように、突発的に生じ、住居に被害が生じた際に避難する場合では、避難の方法や準備、そして避難所での交渉のポイントが変わります。※ 3

※3「避難所について」2 頁図参照 内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(被災者行政担当)による解説:http://www.bousai.go.jp/taisaku/kyuujo/pdf/h30kaigi/siryo5.pdf

R3.10tokushu1_1.jpg
「避難所について」2 頁 内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(被災者行政担当)による解説

                                                  

災害前の避難は短期

雨の被害に関しては、天気予報による日時の予想や、ハザードマップによる被害想定ができますので、少なくとも人命やペットの命を守るために、あらかじめ準備をし、雨がひどくなる前、そして暗くなる前に落ち着いて行動することができます。

また、大きな被害が生じなかった場合には、台風や前線が通過し、避難指示が解除されれば、安全を確認しながら帰宅することができますので、短ければ 1 晩、長くても 2、3 日で避難が終了します。

たとえば被害が生じる前に避難する「指定緊急避難場所」(自主避難所)で、ペットの受入れを拒まれた場合や、暴風雨の中、ペットを屋外に置くように指示があった場合はどうしたらよいでしょうか。

風雨がしのげる駐車場、駐輪場、建物の昇降口など、他の避難者の避難場所とは別の場所にペットスペースを設け、飼い主もペットスペースに一緒に居ることで、ペットが吠えたり、他人に迷惑をかけたりしないよう、常に飼い主が管理することを条件とし、「長くても 1 晩である。危険な自宅(場所)に戻るわけにはいかないので、受入れを検討して欲しい」と交渉しましょう。

さらには、避難所運営側へ行動で示し、理解を求めることも必要です。

たとえば建物内が汚れないように飼い主同士が持ち寄ったブルーシートを床に敷くほか、排泄物で汚れないように壁に立ち上げたり、他の避難者から見えないように吊り下げて仕切ったりすることで、ペットが避難所で他者に迷惑をかけないように飼い主が努力していることを示すことが理解に繋がります。

また、飼い主同士が協力することで、その場を離れる際にお互いのペットの様子をみたり、体調が悪くなった飼い主や高齢者の代わりにペットを管理したりすることもできます。

そして大切なポイントは、避難所から退去する際に、飼い主たちが協力して片付けや清掃・消毒を行い、避難所運営者に確認を得て退去することです。

過去の豪雨災害では、避難所側の好意で室内にペット飼育スペースを設置したものの、そこに避難していた何人かの飼い主はいつの間にか退去し、後には汚れたブルーシートや排泄の跡、足跡、抜け毛等が散乱したまま残っていて、後片付けは避難所側で対応した、という報告がありました。

そのため「再びペット同行避難を頼まれても、受け入れるのを躊躇する」といった残念な結果となってしまいました。

そのようなことがないように、その場に掃除道具や消毒の資材がない場合は、「いったん帰宅した後に飼い主同士が申し合わせ、再度道具を持参して参集し清掃します」という旨を避難所運営者に伝え、その場に「〇月〇日〇時に清掃に来ます。飼い主一同」といった張り紙を掲示しておくことで、同行避難に対する避難所側の不安を払拭することができます。

【自主避難のポイント】

〇 雨の避難は早めに動く(ひどくなる前・暗くなる前)

〇 天気予報・ハザードマップをこまめに確認

〇 自主避難所に行く場合は、ブルーシートやビニール紐、ガムテープ等も持参して避難交渉

〇 立つ鳥跡を濁さず! 飼い主同士が協力して清掃・消毒して退去

〇 清掃・消毒の手順や使用する薬剤は、かかりつけの動物病院や地元獣医師会がアドバイス

                                                   

R3.10tokushu1_2.jpg R3.10tokushu1_3.jpg

写真 1 2018 年西日本豪雨災害 真備町 学校避難所

教室内にブールシートを敷き詰め養生し、汚れ対策をして避難している

写真 2 2018 年西日本豪雨災害 真備町 学校避難所

暑さに弱い短頭種犬は、避難当時、酷暑の屋外で暑さのため眠れない日が
過ごしていたが、屋内の避難所に移動してからようやく熟睡することができた

                                                  

被災して避難をする場合は長期

前述の避難に対し、住居に被害が生じた際には、仮設住宅の提供まで、みなし仮設住宅の場合は短くても 2 週間程度、仮設住宅を新設する場合には、用地確保から建設まで数カ月かかってしまいます。

大規模で広範囲な被害が生じた東日本大震災では、避難所閉鎖まで岩手県で 7 カ月、宮城県で 9 カ月、福島第一原発の事故で多くの住民が避難した県外(埼玉県)避難所の閉鎖までには 2 年 9 カ月を要していますから、今後、南海トラフ三連動地震や首都直下地震、豪雨災害による越水や堤防決壊など甚大な被害を想定して備えるのであれば、突然であっても素早く避難行動がとれるように、長期避難を視野に対策を検討し、物や事を備えておくことが必要です。

長期間の避難生活は飼い主の精神面、健康面に大きく負荷がかかりますし、ペットを同行して避難生活を送る場合は、ペットの健康や飼育環境に配慮することも必要です。

避難所で生活することが困難な猫や、特殊な飼育環境が必要なエキゾチックペットについては、避難所以外の避難場所に移動することを検討してください。これは、いったん避難所で安全を確保し、次のステージに移るまでの何日かを避難所で過ごし、行先が決まり次第、避難所以外の預け先や避難先に移動する、という段階避難です。

「平成 30 年 7 月豪雨災害」では、避難所が閉鎖され、仮設住宅に移行する段階で、ペット飼養可のみなし仮設住宅が用意されておらず、「ペットと同行避難したものの、ペットと一緒に住める仮設住宅がないので身動きがとれない」という避難所の飼い主からの相談がありました。

もちろん自治体が提供する施設でペットと共に暮らせることが理想ではありますが、飼い主としてペットを預かってもらえる協力者(場所)を複数見つけておくことも、危機管理の一つだといえるでしょう。

                              

R3.10tokushu1_4.jpg R3.10tokushu1_5.jpg

写真 3 2019 台風 19 号
 長野市 北部スポーツレクリエーションパーク体育館避難所

ペット用の物資を搬入する長野県職員とボランティア

写真 4 2019 台風 19 号
 長野市 北部スポーツレクリエーションパーク体育館避難所

避難所の掲示板には、支援情報が掲示されるため、
掲示板はこまめに確認してほしい

                               

R3.10tokushu1_6.jpg R3.10tokushu1_7.jpg

写真 5 2019 台風 19 号
 長野市 北部スポーツ

レクリエーションパーク管理棟ペットの支援情報に重ねて入浴支援の情報ポスターが貼られる。避難所の掲示板は様々な情報が混在し、新しいポスターが上から貼られ下の情報は隠されていくこともあるため、ペット専用掲示板を設け、避難飼い主は 1 日 1 回は確認する仕組みづくりを勧める

写真 4 2019 台風 19 号
 長野県須坂市北部体育
館避難所

避難所の責任者は数日おきに交替したり、常駐していない場合もある。写真のようにペットに関する引継ぎが明示されている避難所は稀で、避難所内のペット関連情報を集約する手段の確保が課題となっている

                                                  

立ちはだかる「新型コロナウイルス感染症」

令和 2 年、パンデミックを引き起こした新型コロナウイルス感染症は、日常生活だけでなく、災害発生時の避難にも大きな影響を与えています。

令和 2 年 7 月、特に被害が大きかった「九州豪雨(熊本豪雨)」の被災地では、三密対策の必要性からペットの受け入れができなかったというケースが報告されました。

三密対策や感染者の避難受け入れにより、避難所内のスペース配分に制約が生じ、受け入れ人数が制限される可能性もあるので、飼い主は避難所以外の避難先を平時に複数確保するなど、「分散避難」の準備をしておくことが大切です。

また、自宅がマンションなどの堅固な建物で安全であるなら、自宅(在宅)避難は、飼い主にとって新型コロナ感染対策でもあり、ペットにとっても負荷がかからないという利点があります。

小さなキャリーバッグの中で長期間避難生活が送れない猫の飼い主や、ペットを複数頭飼育している人、大型犬を飼っている人にとって、避難所に入れなかった場合に備え、自宅避難を想定した準備も必要になります。

先に述べたように、豪雨災害に対する自主避難は、避難指示解除までの短時間の避難ですむ場合もありますから、自宅避難できない場合は、安全な場所にある知人宅や犬の飼い主仲間、実家や親類宅に一晩避難したり、ペットだけ動物病院などに預け、飼い主はホテルに宿泊避難する、車で高台や大規模商業施設の立体駐車場の上階に避難するといった「分散避難」策を複数準備しておきます。

生命を守る行動をとるために、エコノミークラス症候群や熱中症、浸水の対策をしながら、被害が大きくなる前(かつ暗くなる前)に、高台や安全な場所に移動した上での短時間の「車避難」も避難方法の一つとなっています。

どんな災害においても、飼い主の臨機応変な判断力と行動力が必要になりますが、天気予報で予測できる災害は、落ち着いて避難の準備をし、行動することが可能です。

ペットとの避難を考える際に、地震災害以外の避難や、被害が生じる前の自主避難や自宅避難、そして住居が被災し、長期間に避難生活を送らねばならない避難生活について、それぞれ状況を具体的にシミュレーションすることで、何が必要か、どのような対策が有効かを考え、備えていただければと思います。

                               

【コロナ禍での避難のポイント】

 〇 避難所に避難しない(自宅避難・分散避難)

 〇 短時間の避難であれば、対策を講じて車避難(エコノミークラス症候群・熱中症)

 〇 ペットを安全な場所に預け飼い主は避難所や宿泊施設へ(分離避難)

 〇 避難先を複数確保して同行避難(知人宅、実家、勤務先、ペット宿泊可のホテル等)

 〇 断水に備え衛生対策用品も準備(アルコール消毒薬・洗浄シート・簡易トイレ)

※ 3「新型コロナウイルス感染症対策に配慮した避難所運営のポイントについて」(令和 3 年 6 月)

内閣府政策統括官(防災担当)

http://www.bousai.go.jp/pdf/hinanjyo_covid19_01.pdf

「避難所における新型コロナウイルス感染症対策 関連情報」内閣府政策統括官(防災担当)

http://www.bousai.go.jp/

※4「避難所における 新型コロナウイルス感染症 対策ガイドライン」東京都福祉保健局

https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/joho/soshiki/syoushi/syoushi/hinanjo-guideline_COVID-19.files/honbun20200701.pdf

                                    

                                                  

601lexus.jpg

                                                  


 特集『災害大国で動物と暮らす そのとき獣医師にできること』 2

R3.10tokushu2.jpg

特集 2

「災害時に獣医師はどう行動すればよいのか」

危機管理室/東京都獣医師会武蔵野三鷹支部長

藤本順介

                                                  

東京湾北部地震(首都直下地震)が発生したら......

平日の午前 11 時 30 分、待合室には診察待ちの飼い主さんがまだ大勢残っている。そんな時、東京湾北部地震(首都直下地震)が発生したら......。最大震度 7 、区部の約 7 割で 6 強。人は立っていることはできず、棚にあるものは飛び出し、固定していない家具は倒れる。耐震性の低い家屋は倒壊。昼食準備の時間帯でもあり、あちこちで火災が発生してしまった。院内にはスタッフや飼い主さんなど多くの人と動物が居て、家族は学校・仕事・買い物などで不在。想像したくもない状況ですが、そう遠くない未来に高い確率で発生するかもしれない状況なのです。そんな時、私達はどのように行動すればよいのでしょうか。

注) 本稿では新型コロナ対策は考慮していません

地震は突然発生するため危険回避のための行動を取ることはほぼ不可能。なるべく怪我をしないように、せいぜい頑丈な家具の近くで身をかがめて頭を守ることしかできないでしょう。揺れがおさまったら周辺の安全確認です。診察待ちの動物と飼い主さん、病院スタッフ、入院動物、家族などの安全を確認、電気・ガス・水道の損傷だけでなく酸素の漏れが無いかも確認する必要があります。手術中に地震が発生したら、緊急避難的に手術を安全に中断し、覚醒させる必要があるかもしれません。そもそも、停電により視野が確保できない、地震の揺れで麻酔器が転倒・破損して手術の継続が困難になっているかもしれません。考えたくない状況ですが、対応策を準備しておく必要があるのではないでしょうか。

施設に大きな損傷が認められなかったとしても、揺れが大きかった地域では余震によってより大きな被害が発生するかもしれません。施設の安全が確保できた場合でも、施設外には火災などの危険が迫っているかもしれません。地域によっては津波・浸水・土砂崩れなどの危険があるかもしれません。普段からハザードマップなどで周辺に存在するリスクを把握しておくことが必要です。

                                                  

避難が必要となった場合

避難が必要となった場合、遠方から来院している飼い主さんがいたら、安全なところまで誘導する必要があります。公共交通機関を利用している従業員についても施設内あるいは最寄りの避難場所で安全を確保する必要があるでしょう。入院動物の避難が必要な場合、どこに、どのようにして避難すればよいのでしょうか。避難場所に同行避難する場合、疾患の管理は継続できるのでしょうか。施設から避難した後、飼い主さんにどのように連絡し、どこで引き渡せば良いのか、入院手続きの際に取り決めておく必要があるかもしれません。

避難の有無に関わらず、安全を確保してから東獣の安否確認に回答してください。安否確認は気象庁からの地震の震源・震度情報が発表されたら自動発出されます。通信環境が悪い場合、改善してからで構わないので、安否情報を登録してください。安否確認情報は支部担当者にも共有されますので、支部の負担も軽減できるはずです。また東獣危機管理室では、安否情報をもとに組織的支援活動の具体的内容を決定します。

地域支部では自治体との応援協定に基づき、被災動物救護活動を開始することになります。安否確認システムは支部内の情報共有にも利用できるので、このような場合の連絡調整にも活用することもできます。ちなみに安否確認システムは、家族安否の確認もできるようになっています。家族安否の結果は会員個人にしかわからないようになっていますので、よろしければご活用いただきたいと思います。

                                                  

地域の被害が大きかったら

地域の被害が大きく支部内で多くの会員が被災した場合には、地域支部による動物救護活動の実施が困難になるかもしれません。このような場合は安否確認の結果をもとに被害の少ない地域の会員から支援要員を募り、VMATなどの支援部隊を派遣することもあるでしょう。被害状況すらわからないような場合には、先行してアセスメントチームを派遣し、被災状況や支援・受援ニーズの調査を行うことになります。東獣会員だけでは支援の手が足りない場合は、近隣の獣医師会に支援要員の派遣を要請する場合もあります。支援を受けるにあたって、応援者に何を依頼できるのか、共有するべき地域の状況など、受援内容についても事前に考慮してあると良いと思います。

発災後の混乱が落ち着いてくる頃には、協定に基づく動物救護活動を行いながら、自施設での診療再開に向けた準備も始める必要があります。施設の損傷がない場合でも、従業員が勤務可能かどうか、交通手段や周辺の治安状況なども含め安全に通勤できるかについても確認しなければなりません。賃金や各種支払のためにキャッシュフローについて評価する必要もあるでしょう。医療資機材の入手はかなり困難な状況が続くかもしれません。診療施設の損壊が激しく診療再開が困難な場合は、罹災証明の取得や金融機関との相談などに優先して取り組まないといけないでしょう。

                                                  

東京都獣医師会の役割

東獣は東京都と協議して現地動物救護本部を設置、被災動物に対する組織的な救護活動が本格的に始動します。大きな被害がなかった地域の会員病院では、被災動物の一時預かりなど、被災飼い主の生活再建にむけた支援活動が実施されることになります。

発災から時間が経過し、インフラの復旧が進むとともに避難所から自宅での生活に戻る人も多くなります。一方、被害の大きな地域では仮設住宅の建設が具体化し始めます。当初同行避難が受け入れられていた避難所でも、避難生活の長期化とともに動物に対する苦情が出てくることもあるでしょう。

被災動物への救護活動のニーズも減少するため、通常時の診療体制へと移行する必要があります。一方、存続する避難所での同行避難動物への環境衛生指導や避難所の公衆衛生サポート、仮設住宅での動物同居における各種サポート、被災動物を収容するシェルター支援、飼育困難となった動物の譲渡支援などには継続して関わっていく必要があるでしょう。

以上、地震を例に発災から 1 ヵ月程度の大まかな流れをご紹介しました。災害時の動物救護活動は、動物愛護の観点だけでなく、動物と一緒に避難できることで被災者の安全を確保し、放浪動物による環境衛生リスクを低減し、社会資本の浪費を防ぐことに繋がります。また地域の動物医療体制を守ることは地域住民が安心して動物と暮らせる環境を維持し、地域コミュニティを継続させることにつながるものと考えています。災害への備えは日常の診療にはあまり役に立たないものかもしれませんが、災害時にも獣医師として仕事をするためにも、できる限りの備えを行っていただきたいと思います。本稿では誌面の都合上詳細の説明は省いています。詳しくは現在改定中の「東京都獣医師会災害対応マニュアル」でご紹介できると思います。

                               

R3.10tokushu2_1.jpg

図 1 発災直後の対応チャート

                                                  

601fuji.jpg

                                                  


 特集『災害大国で動物と暮らす そのとき獣医師にできること』 3

R3.10tokushu3.jpg

特集 3

災害動物医療研究会の活動

災害動物医療研究会

代表幹事 佐伯 潤

                                                  

設立の経緯

近年、日本では毎年のように地震や豪雨災害、土砂災害等様々な災害が発生しています。現在のSARS-CoV2によるパンデミックも災害の 1 つといえます。しかし、日本では、災害が発生するたびに同行避難を巡る問題や動物医療支援体制についての問題点が指摘されますが、これらの問題に対する継続的な学術的調査研究やその結果に基づく系統立った体制整備はほとんど行われていません。災害時の動物医療や獣医学の役割は、家庭動物や産業動物などの被災動物を対象とした救護活動だけではなく、人と動物の共通感染症対策、食品及び環境衛生、汚染物質対策、放浪動物の増加等の公衆衛生対策、災害救助犬や被災した飼い主のペットロスへのサポートなど、広範囲にわたります。米国では多くの獣医大学に災害獣医学の教育研究体制があり、大学や獣医師会によって、現場で活動する専門家の研修制度も整えられています。そこで、日本においても災害動物医療や災害獣医学に関心を持つ獣医師、動物看護師、大学等の研究機関、行政、企業、動物関係の民間団体関係者の情報交流や研究発表の場を提供し、災害獣医学に基づく知識の集積と研修制度の構築等を目的として、 2014 年 7 月に立ち上げられました。

                                                  

活動と事業

これまで研究会では、主として国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)から研究費を得た、前代表幹事の羽山伸一日本獣医生命科学大学教授を研究代表とする「災害時動物マネジメント体制の確立による人と動物が共存できる地域の創造」と「災害時における動物管理に関わる支援システムの実装」の 2 つの研究プロジェクトに協力する形で様々な活動を行ってきました。これまでに国内外の現状や災害への対応報告を中心とした研究集会を9回開催し、海外の情報を共有するために米国から講師を招いての国際シンポジウムを 2 回開催してきました(写真 1 )。また、 2019 年 1 月には災害動物医療研究会大会を開催し、その中で研究発表会も開催し、優秀演題に対しては表彰を行いました。その他、公益社団法人 日本獣医師会や地方獣医師会と共同で全国 10 カ所において認定VMAT講習会を開催し、受講者には終了証を発行してきました(写真2)。この講習会は、当初は研究会主催の形で始めましたが、その後、日本獣医師会の認定講習会として日本獣医師会と共同で開催する形式となりました。コロナ禍の影響で講習会の開催ができない状況ではありますが、今後、認定VMAT講習会は日本獣医師会主催で運営されることとなり、日本獣医師会内にVMAT養成カリキュラム等検討小委員会が設置され、講習会のカリキュラムやテキストについて検討されており、認定・専門獣医師制度へ組み込むことも検討されています。研究会では、日本獣医師会に全面的に協力しており、VMAT養成カリキュラム等検討小委員会にも研究会幹事が参加し、テキストの作成や今後の講習会の運営にも関わっていくことになっています。

R3.10tokushu3_1.jpg R3.10tokushu3_2.jpg

写真 1  海外講師を招いての研究集会

写真 2  VMAT講習会(災害を想定した実地演習)

                                                  

morikubo.jpg

                                                  

                                                               


 特集『災害大国で動物と暮らす そのとき獣医師にできること』 4

R3.10tokushu4.jpg特集4

「東京都獣医師会とVMAT」

危機管理室 / 災害動物医療研究会 幹事・事務局

藤本順介

                                                  

日本におけるVMAT

東獣会員の皆様は「VMAT」という名称をご存知でしょうか。日本では福岡県獣医師会が最初にVMATを組織しました。獣医師や動物看護師など 4 から 5 名のチームで、大規模災害や多くの傷病動物が発生した事故現場などで、発災後概ね 48 時間以内の急性期に被災動物の救護にあたることを目的に組織されました。その後、他の地方獣医師会もVMATを組織し、現在約 10 の地方獣会がVMATを組織しています。

                                                  

VMATの活動

VMATは地方会が組織するものですので、その活動内容はそれぞれの獣医師会ごとに定義することになりますが、災害発生時には他地域のVMATや消防・警察・自衛隊などの災害救助機関、さらにはDMATなど医療救護活動に従事する医療関係者などと共通の言語により意思疎通ができることが必要です。そのために災害動物医療研究会では、統一された教育プログラムである「認定VMAT講習会」を開催してきました。この講習会は今後、日本獣医師会が主体となって継続開催されます。

講習会では『災害発生後の比較的早期に、被災地における動物医療支援をサポートできる動物医療の専門家からなるチームをVMAT(VeterinaryMedical Assistance Team)と呼ぶ』と定義しています。VMATはあくまで「動物医療支援チーム」であり、がれき下の医療を行うDMATの動物版ではありません。災害時の動物医療の主体はあくまで被災地の獣医師・地域支部・獣医師会であり、VMATは被災地の獣医師会の指揮下で様々なサポートを行うためのチームだと考えています。想定される活動の代表的なものには、情報の収集と共有、本部機能支援、現地(被災)動物病院支援、避難動物・シェルター管理支援などが考えられます。

                                                  

東京都獣医師会におけるVMAT

東京都獣医師会と他の地方獣医師会では、災害対応のための準備に大きな違いがあります。災害救助法に動物の救助は含まれていないため、現状では災害時の動物救護活動は、災害対応の主体である基礎自治体の要請を拠とする必要があります。一般的には地方会と道府県との協定は締結してあったとしても、基礎自治体と地域支部の協定は未締結のところが多いようです。一方東京都獣医師会では、以前から多くの基礎自治体と地域支部間での応援協定を締結してきました。それにより災害発生初期から、基礎自治体との協定に基づいた地域支部による組織的な動物救護活動を行うことができるようになっています。

このように東京都獣医師会では災害発生後の初期段階から、遅滞なく地域支部による動物救護活動が実施できるようになっていますが、今までの協定は地域支部のみが活動することを想定しており、他の支部あるいは他の地方会からの支援についてはあまり考慮されていませんでした。首都直下地震などで特定の地域に被害が集中した場合、あるいは大規模水害広域避難が必要となったときなどは会員間あるいは地方獣医師会による相互支援が必要になることも考えられます。また被災会員の診療施設を復旧するためにも、人手は必要になるでしょう。そのようなときの活動に備えるために、東京都獣医師会においてもVMATを組織しておくことが必要と考え、現在委員会にて検討を進めているところです。

                               

R3.10tokushu4_1.jpg

写真 1  福岡と群馬VMATの活動服

                                                  

bengosi.jpg

                                                  

                                      

                                                  

fineburasi.jpg