TOJUジャーナル2026年4月号(619号) 特集【ー変わる獣医療、増える女性獣医師ー 現場から考える“選ばれる動物病院”の再設計】

第一章

女性の社会進出は進んでいるのか

昨年、日本初となる女性総理大臣が誕生したことは記憶に新しいですが、実社会における女性の進出も加速してきています。
最新の統計(令和5年)によれば、女性の労働力人口は3,124万人に達し、総労働力人口に占める割合は45.1%となりました。かつて、出産や育児期があることで描かれていた「M字カーブ」は、今やその窪みが埋まり、なだらかな「台形」へと変化しています。(1)(表1、2)特に20代後半から40代の就業率上昇は顕著であり、労働環境の整備や人口構造の変化が、女性が働き続けられる社会へ背中を押していると考えられます。

表1 労働力人口の推移 資料(1)より
表2 女性の年齢階級別労働力率(2023年) 資料(1)より

20代獣医師は女性が半数以上

では、獣医療の世界ではどうでしょうか?
現在、国内の獣医師総数は約4万人規模で推移していますが、その内訳は劇的な変化を遂げてきています。そのうち女性獣医師は約1万4千人前後であり、全体の約3.5割を占めます。10年前の女性獣医師の割合は約2割であったため、増加スピードが速いことがわかります。さらに注目すべきは、新規獣医師免許取得者における女性の割合は、近年5割を超えていることです。
特筆すべきは、若手世代における男女比の逆転です。今回の集計データが示す通り、20代の獣医師においてはすでに女性が55.3%と過半数を占めています。 さらに30代で45.2%、40代でも49.5%と、働き盛りの世代においても半数近くが女性という状況が定着しつつあります。(2)
ベテラン世代の先生方が学生時代を思い返せば、当時の教室の風景とは完全に「男女比の逆転」が起きているはずです。獣医師全体で女性が多数派となる未来は、もはや「遠い先の話」ではなく、すぐそこまで来ている現実なのです。
また動物病院という組織単位で見れば、この傾向はさらに強まります。獣医師の半数近くが女性であることに加え、愛玩動物看護師や受付スタッフ、トリマーといった職種の多くを女性が占める現場において、動物病院は今や「圧倒的な女性中心の職場」と言っても過言ではありません。つまり女性が活躍できる環境の整備は喫緊の課題です。

表3 獣医師の年代別男女比 資料(2)より作成

なぜ「女性獣医師の活躍」が不可欠なのか

小動物医療をベースに考えると、この変化の背景には、単なる労働力という以上に「ニーズの変化」に適応している可能性があります。
動物病院に来院する飼い主さんの層を見れば、来院しての治療や病気の相談などを女性が担っているケースが多いです。同性間でのコミュニケーションの方が取りやすいと感じる飼い主さんの場合に、女性獣医師の存在は、病院の魅力にも影響する重要な要因となるでしょう。
しかし、その一方で課題も鮮明になっています。社会全体として、非正規雇用の割合は男性の22.5%に対し、女性は52.1%と約2.3倍です。(3)獣医療業界でも女性の非正規雇用の割合は男性より高い傾向にあると推察されます。
特に、出産・育児というライフイベントに伴う「キャリアの断絶」をどう防ぐかが、雇用側にとっても避けては通れない最重要課題の一つです。
研鑽を積み、優秀な技術を習得した獣医師が、ライフステージの変化によって現場を離れざるを得ない状況は、本人にとっても、病院にとっても、そして社会にとっても大きな損失であると言えます。
私たちが向き合っているのは、単なる「人手不足対策」ではありません。多様な働き方を認め、さらに女性がその専門性を存分に発揮できる環境を整えることは、結果として男性獣医師や動物看護師、全てのスタッフにとっての「働きやすさ」の底上げにつながり、獣医療の発展、そして持続性を可能にするために必要不可欠なことであると考えます。

本特集の目的は、女性の労働力が大きな比重を占める動物病院の現場において、「今、何が求められ、何が機能し、そして何が壁となっているのか」を具体的に解き明かすことです。

第二章では、200件以上の女性の獣医師や愛玩動物看護師からのアンケート結果をもとに、動物病院に本当に求められている労働環境の実像を整理します。第三章では、女性院長の実例を通じて、組織づくりの具体像を提示します。
読者の皆さまには、これらを他人事としてではなく、ご自身の病院運営に置き換えて考えていただくための生きた情報として受け取っていただければ幸いです。

  1. 「雇用の分野における女性活躍推進等に係る現状及び課題」 厚生労働省雇用環境・均等局雇用機会均等課より
  2. 農林水産省 獣医師法第22条の獣医師の届出状況等について令和6年3月より
  3. 総務省統計局「労働力調査(基本集計)2023年(令和5年)

第二章

「動物病院に求められる労働環境とは何か」

ここでは昨年10月に主にVETS CAREER LINE 公式アカウントで実施された「女性が働きやすい動物病院」に関するアンケート結果を参考にしながら、動物病院に求められる労働環境について読み解きます。

アンケートから見える現場の声

これからの動物病院には「一律の常勤モデル」ではなく、ライフステージに応じて選択できる多様な雇用形態が強く求められていることが、アンケート結果から読み取れます(表4)。特に産休・育休、時短勤務、フレックス、2交代制など、柔軟な働き方を制度として整えるだけでなく、実際に“使える”文化が重要であること、時短勤務であってもキャリア継続が可能で、勤務時間ではなく仕事の中身や成果で評価される仕組みが必要とされていることがわかります。同時にこれを支える側への手当や人員体制の余裕など、病院全体で負担を支え合う設計が、離職防止と人材定着につながる雇用形態といえます。

育児と仕事の両立における最大の課題は、時間的制約そのものよりも「柔軟に対応してもらえるのか」という不安が大きいことがわかります(表5)。アンケートでは、急な欠勤や早退への理解不足、復職後のスキル低下への不安、職場や家族のサポート不足が大きな障壁として挙げられています(表5)。また制度が存在していても実際に利用しづらい雰囲気や、不公平感を生む運用が両立を難しくしている実態が垣間見えます。育児中であっても期待される役割を果たせる環境づくりと同時に、「お互い様」と感じられる職場文化、そして将来の働き方が見通せる対話と支援が、現場に求められる現実的な課題と言えます(表6、7)。

表4 女性が働きやすい職場とは…? (参考資料より引用)
表5 子育てから復帰する際の障壁 (参考資料より引用)
表6 子育て中に職場に求めたいこと (参考資料より引用)
表7 女性ならではの要望とは…? (参考資料より引用)

整備すべき具体的なこと

ライフステージに応じて選択できる勤務体系の整備は不可欠です。特に子育て中は急な早退や欠勤が避けられないため、時間の柔軟性と同時に、時短でも担当制や役割を持てる設計が重要となります。また、働く時間で差別されることなく業務内容や成果で評価する仕組みを整えることで、不公平感を減らし長期就業につなげることができます(表4、6)。

産休・育休制度は単に「ある」だけでなく、取得から復帰までの流れを明確にし、実際に使いやすい仕組みであることが重要です。段階的な復帰、ブランク期間のフォロー、復帰前にも定期的な面談による悩みの把握など、復帰支援まで含めた制度設計が求められます。また、不妊治療や婦人科受診への配慮など、育児の前段階も含めた福利厚生を整えることも、将来を見据えて働き続けやすい職場となります(表7)。

また女性が安心して働くためには、院内設備の整備も重要な要素です(表7)。清潔でプライバシーが守られた更衣室や女性用トイレ、防音やサニタリー用品の常備などは最低限必要です。また、体調不良時に一時的に横になれる休憩スペースの確保は、生理や妊娠期の負担軽減につながります。設備面の配慮は、女性への理解を「形」で示すメッセージにもなります。

さらに性別やライフステージを理由とした無意識の発言や扱いが、働きにくさにつながっているという実態があります(表5、7)。ハラスメントを防ぐためには、明確なルール整備だけでなく、院長や管理職が率先して配慮ある言動を示すことが不可欠です。また、相談しやすい窓口や定期的なヒアリングを設け、小さな違和感を早期に拾い上げる仕組みを整えることで、安心して声を上げられる職場環境が実現するでしょう。

 院長が持つべき視点

産休・育休や時短勤務、生理や体調への配慮といった制度は、決して「妊娠・子育て中の女性を特別扱いするもの」ではありません。これらは一部の人を優遇する仕組みではなく、誰もがライフステージや健康状態の変化に直面することを前提とした、組織の持続性を支える基盤となります。「女性が働きやすい…」と言うと、「2026年にまだこの議論をしているのか」という声が聞こえてきそうですが、アンケート結果からわかるように、まだまだ改善するべき点が多い業界であるということを我々自身が自覚する必要があります。

またアンケートでは、「女性院長の病院の方が制度が乏しい」傾向を示す結果や、「生理の軽い女性ほど生理やPMSへの理解が低いのでは」といった意見も見られました。これらは恐らく、明文化されていない暗黙の善意や、「自分は制度がなくても頑張ってきた」という院長自身の経験が、結果として配慮や制度化への障壁になっている可能性を示しています。

個々人の努力や共感(雰囲気≒空気)に依存し、明確なルールもない職場では、支援は人によってばらついてしまい、全ての人が安心して声を上げられない可能性があることを認識すべきかもしれません。

こうした取り組みを目先のコスト負担や世代間の価値観の違いととらえ先送りするのは得策ではありません。むしろ制度整備は、離職防止による組織の安定化と、働きやすい病院として選ばれるための採用力向上につながる、将来に向けた投資として捉えるべきです。院長には、過去の成功体験から一歩離れ、次世代に「同じ苦労を求めない」経営視点が求められます。

参考資料:「女性が働きやすい動物病院を考えよう!」小川篤志の戦略企画クラブ VETS ManaVivaセミナー資料(㈱VETS TECH)

第三章

「ママさん院長のリアル」

これまで女性獣医師が勤務医として働く前提で話をしてきましたが、では開業はどうでしょうか。条件さえ整えば女性にとって(もちろん男性にとっても)開業は勤務医より家庭との両立がしやすくなる可能性もあると思います。

開業すれば勤務時間や休診日を自分や家族の都合で決められますし、職住一体(もしくは近接)で通勤時間を減らすことも可能です。しかし一方で院長としての責任と出産育児の両立は挑戦に満ちたことであろうと推察されます。その現場で何が起こっているのか、3人の子育て真っ最中のAZ(あず)動物病院 町田裕子先生を取材させていただきました。

町田裕子先生のプロフィール

Q.女性院長として開業した時の思い

開業した方が家庭と仕事の両立がしやすいと思った。男性院長と比べて、飼い主さんに軽く見られるのではないかと不安だった。

Q.出産時のエピソード

第2子と3子は開業してから出産したが、出産前日まで働き、産後5日で退院後すぐ仕事復帰した。助産師さんには見て見ぬふりをすると言われた。院内にベビーベッドを置いて診療していた。

Q.飼い主さんの反応

子供が好きな飼い主さんには好感を持ってもらえる。オムツ替えをしてくださった方も。大変そうなのが伝わるので、時間外の連絡を遠慮されるなど飼い主さんに気を遣わせてしまっていると思う。

Q.スタッフ採用について

子供好きであることが大前提。子供の行事などで院長不在時も病院を守ってくれているのでスタッフには感謝している。

Q.仕事で工夫していること

予約診療にしている。子供の行事などで不在のときはあらかじめ周知しておくが、予約なしの来院時には職場に戻ることもある。飼い主さんに迷惑をかけないよう時間外の対応などもしている。

Q.院内のムードづくりについて

疲れていても明るく振る舞い、周囲の人に気遣いをさせないよう努力している。飼い主さんとは子供の行事で休診することなどをオープンに話せるような関係でありたい。

Q.うまくいかなかったこと

本当は子供の存在を感じさせたくないが、実際は待合室におもちゃが置いてあったりする。乳児の頃はおんぶしたままオペや診察をしていたので子供の足を犬に咬まれたことがある。また肩と腰が慢性的に痛かった。

食事の時間が遅くなり、子供達の遅刻が増えたり学校の授業中に居眠りしたりということがある。両親に頼っていた部分も大きいが、高齢になり頼れなくなってきている。

Q.次世代へのメッセージ

企業病院などで女性が働きやすい環境は整いつつあるが、開業を夢見て獣医師になった女性もいると思う。結婚出産育児で諦めるのはもったいない。子供と一緒に過ごせる時間が長いこと、飼い主さんやスタッフと一緒に成長できることなど、開業してよかったと思うことも多い。子育てしながらの開業をお互いサポートできるような交流の場があると嬉しい。

最後に

東京都は出産・子育て支援策の選択肢が増えてきており、仕事との両立を目指し近隣の県から都内に転居する夫婦も多いと聞きます。特に昨年9月から東京都の保育園では0歳から2歳の第1子も保育料が無償化の対象になりました。

このことが、仕事をしながら子育てすることのハードルが下がることに寄与した可能性があります。臨床獣医師としてのキャリア、女性として子を産み育てること、どちらも両立させたいと考える先生方は、これらの制度もフルに活用して豊かで楽しい人生を送って欲しいと願っています。