トキソプラズマ症(Toxoplasmosis)

感染症法:四類感染症家伝法:届出伝染病

概要

トキソプラズマ症は広く脊椎動物にToxoplasma gondii原虫が感染して起きる,猫を終宿主とした原虫疾患である.

疫学

1908年北アフリカのげっ歯類で初めて見いだされて以来,地球上に生息する脊椎動物に寄生が認められている.人では加齢とともに感染率が上昇し,わが国の30歳以上の人の感染率は20%以上ともいわれている.しかし,動物との接触が多い獣医師,と畜従事者などはそれより10%以上高く,また生肉や十分加熱しない肉を好んで食べるフランス人は80%以上の感染率であるとの報告もある.

感染経路

Toxoplasma gondiiの生活環の中で ①オーシスト,②栄養型虫体及び③シストが,人と動物の感染に関与している.

保菌動物

終宿主は猫,猫以外の脊椎動物(中間宿主),機械的媒介者(たとえばナメクジ,ハエ等).

病原体

Toxoplasma gondiiは複雑な生活環を持つが,感染には後天性感染に関与するオーシスト,シスト及び先天性感染に関与するタキゾイトの3型がある.

「オーシスト」は,トキソプラズマに初感染の猫でのみ認められ,1〜3週間にわたり糞便中に1日2,000万個排泄される.オーシストの直径は8〜12μmで,外環境条件に強い抵抗性を持ち,土中で約18ヶ月間感染性が維持されることもある.オーシストの排泄までには感染経路によって感染後1〜4週間を要する.オーシストの排泄は通常は猫の生涯で一度と考えられているが,免疫能が低下した感染猫において再排泄されることがある.

トキソプラズマに感染すると,全身の細胞に侵入して二分裂で素早い増殖を行う「タキゾイト」となり,浸出液中や,まれに血中に検出される.タキゾイトは三日月型の虫体(6×5~7μm)として認められ,乾燥や胃酸で容易に死滅するものの,創傷部や粘膜に接触すると感染源になり得る.また妊娠時に初めて感染した場合,タキゾイトが胎盤を通過して先天性感染が生じうる.一部の感受性が高い動物や免疫が低下している状態でなければ,タキゾイトによる病害は顕在化しないままに免疫が成立して体内のタキゾイトは死滅する.しかし筋肉,脳,眼,その他の組織に侵入していたタキゾイトは,自身の周囲に防御壁を構築して「シスト」を形成し,宿主の免疫に影響を受けないまま,その内部でブラディゾイトと呼ばれる虫体がゆっくりと増殖する.シストは胃酸による消化に対して耐えて経口感染する.

動物における本病の特徴

症状

動物種によって感受性が異なるが,多くは感染しても症状を示さない.しかし初感染時に白血病,ウイルス感染あるいは腫瘍があったり,免疫抑制性の処置を受けて免疫能が低下している場合は明瞭な臨床症状を示すことがある.すでに感染耐過した動物体内にはシストが形成されているが,免疫抑制状態になり再燃することがある.臨床症状は傷害された臓器により異なるが,肺病変に伴う発熱,呼吸困難,咳といった症状が多く認められる.その他リンパ腺腫,筋肉症,嘔吐,下痢,黄疸,脾腫,神経症状,脈絡網膜炎,肉芽腫症や,慢性感染では眼症状が認められる.

診断と治療

血清抗体価の確認: 典型的な臨床症状が認められ,IgG抗体価が高値を示す場合は急性トキソプラズマ症と診断できる.猫は他の動物に比べてトキソプラズマに対する抗体産生が遅く,オーシスト排泄後数週間たっても抗体価が上昇しないこともある一方で,抗体価が高値を示した後にオーシストを排泄することもある.

オーシストの確認: 終宿主である猫は糞便検査を行う.治療はサルファ剤,スルファモイルタブソン(SDDS),ピリメタミン投与の他,クリンダマイシンも有効である.

検査法と材料

血清による抗体価測定,猫は糞便中のオーシストを確認する.

予防

予防は調理が不十分な肉を与えない.飼育場所にネズミを侵入させない.猫6〜12ヶ月齢にオーシストの検査を実施する.

法律

家畜伝染病予防法の監視伝染病(届出伝染病)のため届出が義務づけられている.対象動物はめん羊,山羊,豚,いのししである.診断した獣医師は直ちに最寄りの家畜保健衛生所へ届出る.と畜場法および食鳥検査法により感染動物は全部廃棄処分となる.

人における本病の特徴

症状

免疫低下性疾患罹患者や免疫抑制剤の投与を受けている人はトキソプラズマの感染や再発のリスクが高くなっているので,注意が必要である.

妊娠2〜6ヶ月のトキソプラズマ初感染の妊婦は,約0.13%と推定されている.胎児に感染が起きて,先天性トキソプラズマ症になるのは10,000分娩当り1.26人と推計されている.一方,妊娠前にトキソプラズマIgG抗体陽性の婦人(4~10%)は抗体価に関係なく,胎児に原虫が伝播することはない.

先天性トキソプラズマ症: 重篤な全身症状,精神症状が見られ,重症例の死亡率は約12%である.また回復後,脈絡網膜炎,知的機能障害などが高い確率で起きる.

後天性トキソプラズマ症:初感染の成人では,発熱や一時的なリンパ腺腫が見られることもあるが,ほとんどの場合無症状である.しかし,免疫不全症の人に感染が起きると,感染時に虫血症になりやすく,頭痛,急性発作,意識障害,知的機能障害,片側麻痺,神経病的欠損,昏睡,脳膿瘍など重篤な症状が認められる.

診断と治療

肉の生食,土いじりあるいは猫との接触は感染リスクを高める.上記症状を認めた場合は抗体検査を実施する.通常,2〜3週間で自然治癒するが,妊婦の場合は注意を要する.効能外ではあるがピリメタミン,スルファジアジン,ロイコポリン等が使用され,先天感染予防ではさらにスピラマイシンが用いられており,一定の効果が認められる.

法律

感染症法では,四類感染症に定められている.

(2025年3月更新)

このページのTOP