重症急性呼吸器症候群(Severe Acute Respiratory Syndrome: SARS)

感染症法:二類感染症

概要

中国南部の広東省を起源とした新型コロナウイルスによる非定型性の肺炎で,院内感染やホテル内での感染が広がり,2002 年 11 月 16 日の中国の発生から,2003 年の台湾の発生を最後に 2003 年7月5日に終息宣言が出されるまで,32 の地域や国々で8,000人を超える人が発症し,約1割の 774 名が死亡した感染症である.

疫学

2002 年 11 月 16 日に中国広東省で非定型性肺炎の患者が報告されたのを始めに,インド以東のアジアおよびカナダを中心に,32 の地域や国々で患者が発生した.中国で初期に流行していたものが,感染した旅行者が入院したベトナムハノイの病院で院内感染により広がり,香港ではホテルに宿泊していたカナダ人の女性が感染しカナダに広がった.患者の発生数は圧倒的に中国が多いが,狭い地域としては香港が最も多く,ついで台湾,カナダの順である.感染者のうち1,707名が医療従事者であり,本病の院内感染のすさまじさを物語っている.WHO による終息宣言後,2003 年9月にシンガポールで,12 月には台湾で実験室内感染例が報告され,2004 年1月には広東省で3例の報告が,また4月には北京および安徽省において実験室内感染から小規模な流行がみられたがすぐに終息した.WHO のデータに基づき算定された致死率は,24 歳以下では 1%未満,25 歳~44 歳では 6%,45 歳~64 歳では 15%,65 歳以上では 50%以上と推定された.SARS症例のほとんどは成人で 12 歳以下の子供の発症例は少なく,死亡例は報告されていない.この理由については,現在も研究中で解明されていない.SARS の発生は終息したが 2012 年 9 月に新たな同様の感染症が中東呼吸器症候群(MERS)として中東地域に流行している.

感染経路

経感染動物の発症・呼吸器症状および下痢 → 飛沫感染および経口感染 → 人の発症・呼吸器症状・下痢 → スーパースプレッダーによる感染の拡大もしくは人と人の接触が密な場合(院内感染など)の感染.

伝搬動物

SARS コロナウイルスの自然宿主は食虫コウモリであるキクガシラコウモリ(horse shoe bat: genus Rhinolophus)とされている.発生当初は広東省で食用に売買されていたハクビシンから人に感染したのがSARS 発生の原因とされていた.ところがハクビシンも本ウイルスに感染すると症状を示すことから,本当の宿主を探索した結果,コウモリが元の宿主ということになった.SARS コロナウイルスはこの他タヌキやドブネズミにも感染すると言われる.

病原体

SARS コロナウイルスはコロナウイルス属コロナウイルス科に属するウイルスであるが今まで発見され分類されている人,哺乳類および鳥類のコロナウイルスとは遺伝子の配列が大きく異なる新型のコロナウイルスである.表面に杓子状の突起をもつ特徴的な形状を示す中型のウイルスで,核酸は感染性を示す一本鎖のRNA である.人の風邪の原因として今まで2種類のコロナウイルスが知られているが,これらのウイルスによる呼吸器症状は軽く,SARS コロナウイルスは全身性の感染症を引き起こす.

動物における本病の特徴

症状

ハクビシンの実験感染の結果から,潜伏期は3日前後とみられる.症状は動物種により異なるが,ハクビシンでは 38℃前後の発熱が潜伏期の後から4日間くらい続き,倦怠,攻撃性の減弱,白血球減少が感染後 13日目まで持続して認められその後回復する.感染獣の剖検所見に特徴的なものはなく,病理組織所見で肺に間質性肺炎像を認める.カニクイザルは実験感染により,人と同様の症状を示すことが確認されている.その他 12〜14 ヶ月齢のマウスは体重減少,丸くなってうずくまる,被毛逆立,軽い脱水症状を実験感染で示すことが知られているが,4〜6週齢のマウスは症状を示さない.飼い猫およびラットは実験的に感染しウイルスを排泄するが,症状は示さない.

診断

臨床症状,病原体の確認(RT-PCR 法),抗体の有無を確認(中和試験).

検査法と材料

RT-PCR 法による遺伝子の検出.人の SARS コロナウイルスを用いた中和試験.

予防

野生動物を捕獲したり,食材にしない.コウモリを捕獲したり接触しない.

法律

感染症法で二類感染症に定められている.診断した獣医師は,直ちに最寄りの保健所への届出が義務付けられている.

人における本病の特徴

症状

発病当初は発熱,悪寒戦慄,筋肉痛などのインフルエンザ様の症状を示す.突然の発熱が特徴となるが,本病の特徴的な症状ではないので症状からの診断は不可能である.次に本病の特徴である非定型肺炎へ進行し,咳嗽(初期には乾性),呼吸困難がみられるようになる.この時期に大量の水様性下痢を発症する人が最大7割の患者に認められる.発症者の約8割は回復するが,残りの2割の患者が急性呼吸窮迫症候群へ進行し集中治療を要する.この時期に呼吸停止などで死亡する人がいる.

潜伏期

2~10 日であるが,平均5日である.

診断と治療

呼吸器鼻咽頭ぬぐい液,喀痰,尿,便などからの病原体の確認(RT-PCR 法, ウイルス分離,LAMP 法),血清診断(ELISA 法,IFA 法,中和試験による抗体の検出),レントゲン検査(肺細葉の変化,片側の末梢肺野の斑状影,陰影の増多またはすりガラス様陰影への進行).二次感染予防の処置として,広域スペクトルの抗菌薬療法を行う.肺炎が進行する場合は酸素吸入や人工呼吸器などによる集中治療が必要となる.抗ウイルス薬であるリバビリンやインターフェロンの投与が有効であるという報告もある.

類症鑑別

呼吸器疾患であるインフルエンザ,マイコプラズマ,レジオネラなど肺炎を起こす疾患との鑑別が必要となる.

予防

患者の早期発見と即時の隔離および患者との接触者の検疫が今のところ最も有効な予防手段である.その他,一般的な呼吸器感染症の予防手段として,人混みへの外出を控えること,外出時のマスクの着用,外出後の手洗いおよびうがいの励行があげられる.

法律

感染症法の二類感染症に定められている.診断した医師は直ちに最寄りの保健所への届出が義務付けられている.

(白井 淳資)

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