ニパウイルス感染症(Nipah virus infection)

感染症法:四類感染症家伝法:届出伝染病

概要

1998 年マレーシアで,豚に呼吸器症状を主徴とする疾患を起こし,この豚に接触した人が感染し,中枢神経症状を示した患者の約半数が死亡したという致死率の高い感染症である.

疫学

1997 年暮れ頃からマレーシアの北部に位置するイポーの養豚地帯で豚の疾患が発生し,当初はオーエスキー病や豚熱(旧 豚コレラ)が疑われていた.同年,養豚場労働者の急性脳炎が流行し,1人の死亡者が出たが,日本脳炎によるものと考えられていた.1998 年に入りこの地域において 28 名の発熱及び神経症状を示す患者が確認され,そのうち 15 名が死亡した.マレーシア政府はすぐに調査に乗り出したが,豚に携わる人が神経症状を起こす疾患としてこの地域で流行している日本脳炎であると断定し,人や豚に対するワクチン接種及び殺虫剤の散布による蚊の撲滅を徹底的に行った.しかし,この疾患は一向に治まるどころか,罹患豚を格安でクアラルンプール国際空港近郊の大養豚地帯に販売したことによりさらに拡大した.人の感染はこれに伴って拡大し,養豚地帯では人々が逃げ出すパニックが起こった.このときマラヤ大学医学部のチュア博士が本病に感染した人の脳から原因と思われる新種のウイルスを分離した.このウイルスは感染した人の出身地がニパ村であったため,ニパウイルスと命名された.この発見により政府は感染の疑いのある全ての豚の淘汰及び移動禁止を決め,国内の 100 万頭以上の豚を処分し本病は終息した.1999 年 12 月までに283 名の感染者のうち死者は 109 名であった.その後マレーシア国内での新たな発生はないが,2001 年,2003年〜2005 年及び 2007 年とバングラデシュ及びインドのベンガル地域東側バングラデシュ国境付近でニパウイルス感染症の発生がみられている.また 2008 年にはバングラデシュの首都ダッカで,発生が報告されており,2010 年~2013 年までバングラデシュにおける発生報告が続いていた.その後の報告はなかったが,2018 年 5 月にインドのカララ地区での発生が報告されており,これらの地域での発生は今後も続くのではないかとみられる.この地域での発生は豚の介在がなく,人から人への感染が認められることが特徴である.自然宿主はいずれの発生においても果実食性のオオコウモリとみられている.

感染経路

自然宿主はオオコウモリ.オオコウモリから飼育されている豚に感染 → 飛沫感染により豚の間でニパウイルス感染が拡大 → 感染豚の分泌物や尿などとの直接的又は間接的な濃厚接触により人へ感染.

発生地域によって疫学的な状況は異なり,オオコウモリから直接人に伝播したと考えられる例や,汚染した樹液や果実の摂取による食品媒介性の感染,飛沫感染などよって感染したと考えられる例もある.

保菌動物

自然宿主はマレーシアに生息するマラヤオオコウモリ及びシマオオコウモリ(Island flying fox)である.バングラデシュの発生ではインドオオコウモリが自然宿主と考えられている.本ウイルスに自然感染した動物は豚,馬,犬,猫及び人である.実験的にはハムスター,モルモット及び鶏胚子(10 日齢発育鶏卵)が感染する.

病原体

ニパウイルスはパラミクソウイルス科ヘニパウイルス属に属している.オーストラリアで 1994 年に発生した馬と人の呼吸器性疾患の原因であるヘンドラウイルスと近縁である.ウイルス粒子はエンベロープを有し,直径180~1,900nmの多型で,ウイルスゲノムは感染性を示さない一本鎖マイナスRNA で,ゲノムサイズが 18 kb と同属のモルビリウイルスよりも大きい.Vero 細胞(アフリカミドリザル腎臓),RK-13細胞(ウサギ腎臓)及び BHK-21 細胞(ハムスター腎臓)などに融合性の細胞変性効果を示し,核が 10 個以上ある巨細胞を形成する.本ウイルスは高度危険病原体であるので BSL-4 の施設で取り扱う.

動物における本病の特徴

症状

豚潜伏期は7~14 日(約1週間).

6か月未満の子豚: 40℃近い急激な発熱,呼吸困難に付随した強制呼吸,荒々しい吠え声,乾質性の発咳,開口呼吸,激しい場合は喀血等の呼吸器症状.振震,筋肉の攣縮,痙攣及び間代性痙攣,後躯麻痺等の神経症状.

成豚:40℃近い急激な発熱,呼吸困難に付随した強制呼吸,流涎及び鼻漏等の呼吸器症状.激越,頭部の押しつけや打撃,クランピング,眼球振騰等の神経症状.突然死が見られることがある.

妊娠豚:早期流産.

診断と治療

臨床症状,病原体の確認(ウイルス分離,RT-PCR 法, 蛍光抗体法),抗体価の上昇を確認(間接 ELISA法による IgG 及び IgM の検出,中和試験).なお,治療法はない.

類症鑑別

オーエスキー病,豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS),豚熱,豚インフルエンザ.

検査法と材料

感染豚の扁桃,肺,腎臓,脳及び血液材料からのウイルス分離.RK-13 細胞及び Vero 細胞に接種.RT-PCR法によるウイルス遺伝子検出.ホルマリン固定標本から切片を作製し免疫染色.

予防

養豚場周辺での果樹及び花卉栽培の禁止によるオオコウモリとの接触回避.

法律

家畜伝染病予防法の監視伝染病(届出伝染病)のため届出が義務づけられている.対象動物は馬,豚,いのししである.診断した獣医師は直ちに最寄りの家畜保健衛生所へ届出る.

人における本病の特徴

症状

潜伏期は4~18 日(約1~2週間).発熱,頭痛,目眩及び嘔吐等の症状が見られ,50%以上の患者に知覚減退及び顕著な脳幹機能障害.顕著な症状は,部分的な間代性痙攣,無反応症及び弛緩,高血圧症,頻脈.高齢者で特に糖尿病を患っている患者では,知覚減退,嘔吐,異様な人形の目現象,異様な瞳孔散大,高血圧及び頻脈.

診断と治療

豚に接触歴のある人が神経症状を起こした場合は本病を疑う.病変は主に脳での充血,点状及び斑状の出血が認められる.肺,心臓及び腎臓の充血,点状及び斑状出血も認められる.組織病変は脳の血管内皮細胞の変性(多核巨細胞) 及び脈管炎,血栓,脳組織の壊死で壊死部の周囲の神経細胞に封入体が観察される.肺や腎臓にも同様の病変が観察される.感染者の治療のため高濃度のリバビリンが投与され症状が緩和された報告がある.類症鑑別として,神経症状を示す感染症,日本脳炎やウエストナイル熱.

検査法と材料

死亡した人の脳材料からのウイルス分離,RT-PCR 法によるウイルス遺伝子検出.ELISA 法によるニパウイルス特異的 IgG 及び IgM 抗体の検出,中和試験による抗体の検出.

予防

感染した豚に接触しないことと,オオコウモリを捕獲及び食さないこと.

法律

感染症法の四類感染症に定められている.診断した医師は直ちに最寄りの保健所への届出が義務付けられている.

(2025年3月更新)

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