腎症候性出血熱(Hemorrhagic fever with renal syndrome:HFRS)
感染症法:四類感染症
感染症法:四類感染症
野ネズミなどの哺乳類を自然宿主とし、これら自然宿主を介したハンタウイルス(Hantavirus)の感染による,良性の腎症(流行性腎症)及び重症型の腎症(流行性出血熱,出血性腎症腎炎)等の出血性腎症状をきたす疾患である.わが国においては、かつて「梅田熱」として騒がれた.最近では発生を見ないが忘れてはいけない人獣共通感染症である.
ユーラシア大陸全域で発生が見られる.本症が世界的に注目されたのは、1950年代の朝鮮戦争の際に駐留した国連軍兵士の間で不明熱患者が発生し,流行性出血熱(EHF)と同一疾患であることが判明したことによる.我が国では、第二次大戦中、中国東北部において旧日本軍の間で約一万人の患者が発生して10%が死亡した.また,「梅田熱」として1960年代はじめに大阪梅田地域で多数の患者が発生した.医学系大学等の動物実験施設で実験用ラットを介した流行が発生し、1981年にラット飼育者1名死亡の報告がある.各地の港湾施設のドブネズミなどに広く汚染している.1985年以降HFRSの発生は報告されていない.
感染動物(野ネズミなど)による咬傷,尿等の排泄物に接触感染,あるいは糞尿が乾燥したエアゾルによる気道感染により起こる.なお、ヒト−ヒト感染は見られない.
野ネズミなどのげっ歯類はハンタウイルスに終生持続感染するため、抗体保有してもウイルスを排出し続ける.近年、トガリネズミ、モグラ、コウモリなどに新しいハンタウイルスが相次いで発見されている.
ハンタウイルスは、1976年、韓国の漢灘江(Hantaan river)で捕獲したセスジネズミからLee, H. W.氏により初めて分離された.
ハンタウイルスはRNA型ウイルスでブニヤウイルス科ハンタンウイルス属に含まれる.主なHFRS-ウイルスを下記に記す.
ハンタウイルス感染症(HFRSとハンタウイルス肺症候群(別項))の発生地域は病原性のあるハンタウイルスを保有した宿主の生息域と密接に関わっている.
全国の港湾地区で捕獲されたドブネズミや野ネズミ、そして、北海道のエゾヤチネズミはハンタウイルスに感染していることが明らかになっている.近年、ペットのラットを介したHFRSの感染した事例の発生がヨーロッパなどを中心に報告されている
感染げっ歯類では高い中和抗体価が産生されるが,症状は示さない.
自然宿主であるげっ歯類は症状を示さないため不明である.
抗体価の上昇を確認(IFA法.ELISA法,Western blot法), PCR法によるウイルス遺伝子を検出する.血液からのウイルス分離には長期間を必要とする.
実験動物施設では野鼠の侵入を防ぐ.本ウイルスは消毒用アルコールで容易に不活化するので常備する.
感染症法の四類感染症に定められているが,動物における届出義務はない.
急性熱性で,急性腎障害を呈する出血性の疾患で,アジア,ヨーロッパに広く見られる.スカンジナビア型の良性流行性腎症と重症型腎症のアジア型(流行性出血熱,韓国型出血熱,出血性腎症腎炎)がある.
潜伏期は2〜4週間程度. 軽症スカンジナビア型では,上気道炎症状と軽度の発熱,蛋白尿,血尿などが見られるが,重症化するのは稀で,しばしば無症状の場合がある.
重症アジア型では,急な発熱で始まり、悪心,食欲不振,嘔吐,下痢,頭痛,筋肉痛,全身倦怠.低血圧期,出血,下血などの他,血圧の回復とともに乏尿期,利尿期が見られ,腎不全状態になる場合がある.ショック症状は10〜15%,致命率は10〜15%である.
発病初期には白血球減少,並びにリンパ球増加.蛋白尿,血清GOT,GPT,LDH,CPKの上昇,血清トランスアミナーゼの増加所見は診断上重要である.遺伝子診断として急性期の検体を用いたRT-PCR法やnested RT-PCR法が行われる.また、酵素結合免疫吸着測定法(ELISA),ウェスタンブロット法とストリップイムノブロット法(strip immunoblot assay)なども行われる.
軽症の場合には自然治癒する.重症時には輸液・補液を行い,腎不全の場合には人工透析を行う.リバビリン投与は予後の改善に有効との報告がある.なお、患者は,可能な限り早期に高度医療施設に搬送する.
ウイルスに汚染しているネズミの生息地には近寄らない.また,ネズミの排泄物に触れない.そのため、住環境に齧歯類が侵入することができないよう齧歯類対策をすることが重要である.
感染症法の四類感染症に定められている.診断した医師は直ちに最寄りの保健所への届出が義務付けられている.