エキノコックス症(Echinococcosis)

感染症法:四類感染症

概要

エキノコックス(Echinococcus)属条虫の幼虫(包虫)によって引き起こされる寄生虫病で,肝臓,肺,骨,腎臓などに寄生して障害をもたらす.

疫学

エキノコックス属条虫は多包条虫(E.multilocularis)と単包条虫(E.granulosus)に分類され,それぞれ多包虫症,単包虫症を引き起こす.多包虫症は主に北半球の寒冷地方や山岳地方に発生が見られるのに対し,単包虫症は世界中で発生している.我が国では北海道を中心に多包虫症が拡大しており,毎年10〜30名弱の患者が報告されている.北海道以外では2005年9月に埼玉県で,2014年3月に愛知県で,さらに2018年3月にも愛知県で放浪犬の糞便中から多包条虫の虫卵が検出された.以下,多包条虫を中心に述べる.

感染経路

エキノコックスの人への感染は虫卵を経口摂取することで成立する.多包条虫は本来キツネとネズミの間で生活環を形成しているが,犬も感染して虫卵を排泄する.そのため,北海道においてはキタキツネ及び犬が感染源となっている(図1).一方,単包条虫は犬と家畜の間で生活環を形成しており,犬が人への感染源となっている.

病原体

多包条虫は体長4mm程度,単包条虫は7mm程度と小型の条虫であるが,一度の感染量が多いために寄生虫体数は極めて多くなる.幼虫は中間宿主であるネズミや人などの肝臓を中心に無性生殖により増殖し嚢包を形成する.虫卵は30~40μmの球形であるが,外形から多包条虫卵か単包条虫卵かの区別はつかない.

動物における本病の特徴

症状

犬や猫は感染している野ネズミを摂食することにより感染する.犬や猫は終宿主になるため,ほとんど症状を示さない.軽い下痢症状が見られることもある.

潜伏期

野ネズミを捕食して感染後,約25日で虫卵を排泄するようになる.

診断と治療

糞便中の虫卵,片節の証明,虫卵の遺伝子検出,糞便中の特異抗原の抽出.

治療には,プラジカンテルが著効する.5mg/kg経口投与.3週間後に陰転確認をする.駆虫により大量の虫卵が排泄されるため,糞便の取り扱いには十分に気をつけること.

類症鑑別

虫卵は,猫条虫卵などテニア科の条虫卵とは外観で区別がつかない.

検査施設

動物の糞便内の虫卵や虫体抗原検査は,獣医師経由で合同会社環境動物フォーラムで実施可能.

予防

ワクチンはない.野ネズミを捕食させないよう,犬や猫を放し飼いにしないよう気をつける.犬や猫に感染して虫卵を排泄するための期間が25日ということを勘案して,汚染地での逃亡等によって感染が懸念される場合は,21日以内の駆虫薬投与が望まれる.

法律

感染症法の四類感染症に定められている.本疾患は,感染症法での獣医師の届出義務対象となるため,獣医師は病原体診断した場合又は臨床的特徴若しくは疫学的状況から,犬若しくはその死体が罹っていた疑いがあると検案した場合には病原体診断を待たず届出を行わなければならない.

人における本病の特徴

本症は人が虫卵を経口摂取することにより成立する.我が国では多くの場合,キタキツネの糞便からの感染であるが,犬も多包条虫の虫卵を排泄することが知られている.治療を施さない場合の致命率は90%を超える.人のエキノコックス症は幼虫移行症の一つである.

症状

潜伏期は成人で約10年以上,小児で約5年といわれている.感染初期は無症状だが,経過とともに肝機能障害を起こす.進行すると肝腫大を起こし,黄疸や腹水を呈する.肺へ病巣が及ぶと肺炎様の症状がみられ,脳に転移すると意識障害や痙攣発作を起こす.医師経由で血清診断が可能である.

予防

現時点でエキノコックスが明らかに定着しているのは北海道のみではあるものの,愛知県の一部では定着が想定されており,その他地域でも愛知県の例のごとく認知されないまま既に定着している可能性を排除すべきでない.エキノコックス虫卵の摂取防止にとどまらず,通常の衛生習慣として,日常的には以下のことに注意する.

  • 野山に出かけ,帰ったときはよく手を洗う.
  • 野犬や野生動物にはむやみに触れないこと.触れた場合は,よく手を洗う.
  • 衣服や靴についた泥はよく落とす.
  • 沢や川の生水は飲まない.
  • 山菜や野菜,果物等はよく洗ってから食べる.

犬の飼い主においてはさらに以下のことに注意する.

  • 犬の放し飼いをしない.犬の糞便は適切に処理する.
  • 定期的に犬の検便や駆虫をする.
  • こまめに犬の体を洗い,被毛に虫卵が付着したままにしない.

法律

感染症法の四類感染症に定められている.診断した医師は直ちに最寄りの保健所への届出が義務付けられている.

(2025年3月更新)

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